【コンサルタントコラム】ASEAN・南アジア地域での エグゼクティブ採用成功の秘訣― 誰を採るかではなく、人を通じて何を変えるか ―


ASEAN・南アジアにおいて現地経営を担うポジションを中心に行われた外部登用の実践を整理し、各社がどのような背景・ビジョンのもとで採用を決断し、どのように採用を成功させてきたのか、さらに採用が期待通りに機能しなかったケースやその要因も含め、実務に即した示唆を提示。
執筆者:Client Partner/岩村 精二
はじめに
ASEAN・南アジア市場において事業拡大を進める日系企業にとって、現地経営を担うエグゼクティブ人材の確保は、成長スピードと競争力を左右する重要な経営テーマとなっています。
一方、実務の現場では、「適任となる人材が市場に見えづらい」「外部エグゼクティブが日系企業特有の企業文化に適応できるか不安」「自社や採用ポジションの魅力をどのように訴求すべきか分からない」「既存幹部人材との摩擦が生じるのではないか」といった懸念を背景に、採用の意思決定に慎重な企業も少なくありません。
こうした状況の中で、日本人駐在員および既存の現地幹部人材のみでは短期間での構造的な変革が難しいと判断し、外部エグゼクティブの登用に踏み切る企業も増えています。
外部エグゼクティブ採用が求められる構造的背景
ASEAN・南アジア市場において事業運営の複雑性が高まる中、以下のような構造的変化が共通して見られます。
• 非日系顧客・新市場開拓の必要性の高まり
• 日本人駐在員の供給制約(人口動態や高齢化、海外駐在志向の低下)
• 現地市場・規制・文化に精通した人材への依存度の上昇
• 複数国にまたがる事業運営の高度化・複雑化
• 短期ローテーションではなく、中長期で事業を担える経営人材へのニーズの高まり
• 海外拠点における意思決定スピードへの課題認識
こうした変化を背景に、採用を「欠員補充」ではなく「事業変革・成長のための戦略投資」と捉える企業が増えています。
構造変化に伴う組織・人材戦略の変化
こうした環境変化を受け、組織・人材戦略においては以下のような動きが顕在化しています。
• 国籍や社歴ではなく、「何を実行できるか」を重視した採用判断
• 営業・人事・財務など、地域横断型のキーポジションにおける外部登用の拡大
• 現地経営層のローカライゼーションの進展
• ASEAN進出企業における世代交代の停滞(初期世代の後継人材不足)
• 地域統括視点での人材配置・循環の重要性の高まり
顕在化する経営課題
こうした構造変化を背景に、従来の駐在員モデルを前提とした人材配置は構造的に成立しにくくなりつつあり、海外拠点における意思決定や事業推進の担い手をどのように確保・配置するかが、現実的な経営課題として顕在化しています。
特に、地域統括職や機能別責任者といったキーポジションにおいては、即戦力となる人材の確保と同時に、事業変革を実行できるリーダーの配置が求められており、外部エグゼクティブの登用を含めた人材戦略の重要性が高まっています。
本資料の位置づけ
本稿では、営業・人事・財務・製造など各領域における6つの事例をもとに、ASEAN・南アジアにおいて現地経営を担うポジションを中心に行われた外部登用(エグゼクティブサーチ)の実践を整理します。
あわせて、各社がどのような背景・ビジョンのもとで採用を決断し、どのように採用を成功させてきたのか、さらに採用が期待通りに機能しなかったケースやその要因も含め、実務に即した示唆を提示します。
特に、本稿では非日系企業出身かつ非日本人の外部エグゼクティブ人材の登用事例に焦点を当てています。これは、事業変革や構造改革を担う人材を対象とした難易度の高い採用領域における実践を整理するとともに、同条件下においても採用成功が実現し得る要因を明らかにすることを目的としています。
ASEAN・南アジアにおけるエグゼクティブ採用成功事例6選
成功事例1:ASEAN・南アジア・オセアニア地域 営業統括/シンガポール
1. 企業概要:グローバルに事業を展開する日系企業。シンガポールに地域統括会社を置き、ASEAN・南アジア・オセアニア地域を統括。
2. ポジション:地域営業統括責任者( ASEAN・南アジア・オセアニア)
3. 採用背景:当該企業では、各国拠点ごとに営業活動が行われ、国別最適に留まりやすい状況にあった。複数の事業ラインや顧客セグメントが並存する中で、キーアカウント対応、KPI設計、営業プロセスが国ごとにばらつき、成長余地を十分に活かしきれていなかった。また、海外では日系顧客依存度が高く、非日系顧客の開拓が成長課題となっていた。こうした状況を受け、営業業務を国単位ではなく地域統括単位で捉え直し、ASEAN・南アジア・オセアニアを一体として成長させる統括人材の必要性が高まっていた。
4.求めた人材像と見極めのポイント
国籍は問わず、APAC地域において複数国にまたがる営業組織を統括してきた経験者を対象にグローバルでサーチを実施した。評価の中心としたのは、
• リージョンレベルでの売上・収益責任を担った経験
• キーアカウントマネジメントおよび営業KPI・プロセスを設計・運用した実績
• 各国営業組織を横断的に束ね、成果につなげてきたリーダーシップ
• 多国籍・多文化環境における高いコミュニケーション力
単なるトップセールスではなく、「地域統括レベルで営業モデルを設計・運営できるか」を重視した。
5. サーチプロセス上の工夫
ASEAN、南アジア、オセアニアを含むAPAC全域から、同業界における地域統括営業責任者の経験を有する人材を対象にロングリストを形成し、リージョンレベルでの営業モデル設計および運営実績、ならびに多国展開環境における組織統括力と変革実行力を軸にショートリスト化を行った。候補者に対しては、国別組織を前提としながらも、地域統括単位で営業をどのように束ねるのか、キーアカウント戦略や営業プロセスをどう標準化するのか、本社・地域統括会社・各国拠点それぞれに期待される役割を具体的に説明し、「営業現場の延長ではなく、リージョン営業モデルを再構築する役割」であることを明確に伝えた。また、非日系出身の候補者に対しては、日系企業文化や同社の価値観を尊重しながら変革を進められるかを重要な評価ポイントとした。
候補者のサーチにおいては、アジア各国に加え、過去に同地域で統括経験を有するグローバル人材まで対象を広げ、複数地域から候補者群を形成した上で最終選定を行った。
6. 採用人材・パフォーマンス:
最終的に採用された人材は、APAC地域において欧米系企業で長年にわたり営業組織を率いてきた、日系企業での勤務経験を持たない非日本人エグゼクティブであった。入社後は、地域統括レベルで営業戦略を再定義し、重点顧客へのリソース集中を推進するとともに、日本人駐在員のGM層を見直し、現地化を進めた。また、国別に分散していた営業活動を整理・再構築し、リージョン全体としての営業体制強化に寄与した。そのパフォーマンスは高く評価され、入社数年後には役員へ昇進している。
本事例から得られる示唆
• 国別最適に陥りやすい営業組織に対しては、「地域統括として何を変えるのか」を明確に定義したポジション設計が有効である。
• 非日系・外部人材であっても、リージョン視点で営業モデルを設計・運営した経験があれば、日系企業における変革を牽引できる。ただし、その前提として、日系企業文化や企業独自の文化を尊重できる姿勢が求められる。
• 成功の鍵は、「誰を採るか」以上に、その人に何を任せ、どう期待役割を伝えたかにある。
• 本事例は、営業組織における地域統括機能の設計が、単なる組織変更ではなく、成長モデルそのものの転換につながることを示している。
成功事例2:営業変革リーダー/シンガポール
1. 企業概要:グローバルに事業を展開する日系企業(機械メーカー)。シンガポールに地域統括会社を置き、ASEANを中心に複数国をカバー。
2. ポジション名:営業部長(ASEAN・南アジア・オセアニア地域担当)
3. 採用背景:当該企業では、各製品群ごとに地域統括ヘッドが存在し、営業活動も製品軸で運営されていた。一方で、販売チャネルは代理店への依存度が高く、エンドユーザーへの直接的な価値訴求や、リージョン横断での営業プロセス改善が十分に進んでいなかった。その結果、製品別の組織・権限構造を前提としながらも、営業のやり方そのものを見直し、エンドユーザー志向・ソリューション志向へ転換していく必要性が高まっていた。このため、既存の事業ヘッドを置き換えるのではなく、横断的に営業変革を実装できるリーダーとして、本ポジションが新設された。
4.求めた人材像と見極めのポイント
同業界において、エンドユーザー直販とチャネル(代理店)活用の双方を経験し、複数国にまたがる営業およびパートナーマネジメントを担ってきた人材をターゲットとした。評価において重視したのは、代理店依存モデルのもとで営業変革を進めた実行経験、技術部門・サービス部門と連携しながらソリューション営業を推進してきた実績、単なる売上拡大ではなく、営業プロセス、チャネル戦略、人材育成を同時に変えてきたかどうかである。「統括ポジションの経験」そのものよりも、制約のある組織構造の中で営業のやり方を変えてきた実行力を評価軸とした。
5. サーチプロセス上の工夫
同業界において複数国で営業変革およびチャネル戦略の経験を有する人材を対象にロングリストを形成し、代理店依存モデルからの転換実績や営業プロセスの標準化、さらに制約のある組織環境における変革推進力を基にショートリスト化を行った。本ポジションはシンガポールを拠点とし、同市場および直轄国に直接関与すると同時に、直轄外の拠点に対してはライン外で営業チームを支援する役割として設計された。候補者に対しては、製品軸の事業ヘッドの権限を侵さずに営業変革を進める難易度、代理店評価・再設計を伴うチャネル改革への期待、エンドユーザーへの直接アプローチ強化と、数値責任・プロセス改善の両立といった現実的な課題を明確に提示し、本ポジションが単なる「統括職」ではなく、営業変革の実装責任者であることを明確に伝えた。
6. 採用人材・パフォーマンス:最終的に採用された人材は、外資系の同業他社においてASEANを中心とした地域で代理店マネジメントおよびキーアカウント開拓を担ってきた営業リーダーであった。過去には、同地域において代理店管理の仕組みを構築・展開し、代理店の選別・育成、KPI管理、インセンティブ設計などを通じて市場カバレッジと実行力を高めた実績を有していた。また、EPCおよびエンドユーザー双方への深い関与を通じ、仕様段階からの営業介入やソリューション提案を実践してきた点が評価された。入社後は、代理店依存型の営業モデルを段階的に見直し、エンドユーザー接点の強化と営業プロセスの標準化を継続的に推進している。日本人の直属の地域統括ヘッドとの間で良好なパートナーシップを築いており、企業文化や同僚を尊重する姿勢も組織内で評価されている。非日系出身のシンガポール人であったが、組織への適応も進み、将来の地域統括ヘッド候補として着実に成長している。
本事例から得られる示唆
• プロダクト別(製品群別)組織を前提とする場合でも、横断的な営業変革を担うポジション設計は有効である
• 成功の鍵は、レポートライン上の制約がある中で変革を実装できる人材を見極めた点にある
• 営業変革においては、チャネル改革・プロセス改善・人材育成を同時に進められるリーダーが成果を左右する
• 本事例は、プロダクト別組織や代理店依存構造といった既存の制約下においても、専任ポジションの設計と適切なリーダー登用により、営業モデルそのものの変革が実現可能であることを示している。
成功事例3:アジアパシフィック人事統括/タイ
1. 企業概要:グローバルに事業を展開する日系企業(製造業)。タイに地域統括会社を置き、ASEANおよびインド地域を統括。
2. ポジション:人事マネージャー(ASEAN・インド地域担当)
3. 採用背景:当該企業では、ASEANおよびインド地域に多数のグループ会社が存在し、各国HRが独立して運営されていた。その結果、人材管理、評価、後継者育成、ガバナンス対応が国ごとに分断され、地域全体として人材を把握・活用することが難しい状況にあった。加えて、地域統括会社(RHQ)の機能移管・再設計が進む中で、Talent Management(ローカル幹部育成・ローカライゼーションの加速)、業務効率化、EHSとの連携強化を同時に推進する必要性が高まっていた。このため、各国のHR Leaderを支援しながら、地域全体の人材・制度・プロセスを整流化する「横断型人事リーダー」として、本ポジションが設計された。
4. 求めた人材像と見極めのポイント:国籍は限定せず、ASEANおよびインドにおけるリージョンHR運営経験を最重要要件とした。評価において重視したのは、各国の人事担当と協働しながら地域施策を実装してきた実績、人事制度・プロセスを「一律に統一」するのではなく「比較可能・連動可能」に設計できる能力、ローカライゼーション、後継者育成、タレントパイプライン構築の経験、グローバルおよび日本本社双方と調整しながら施策を前に進められるコミュニケーション力であった。制度設計の知識そのものよりも、経営・事業に実効性のある人事を実装できるかを見極めの軸とした。
5. . サーチプロセス上の工夫:ASEANおよびインドを含む複数国におけるHR運営経験を持つ候補者を対象にロングリストを形成し、制度設計のみならず地域横断で人事施策を実装してきた実績を重視してショートリスト化を進めた。また、本ポジションはラインマネジメントを持たないプレイングマネージャーとして設計され、ASEANおよびインドの各拠点の人事部門のリーダーと、密接に連携する役割であった。候補者に対しては、数十社のグループ会社を人事面で支援、Talent Management、ローカライゼーション、HRガバナンスを中心とした3年アクションプラン、各国・各拠点ごとの文化・組織成熟度の違いを踏まえた段階的アプローチが必要とされていることを説明し、本ポジションが「人事を統括・管理する役割」ではなく、地域経営を成立させ事業拡大していくための人材基盤を構築する役割であることを明確に伝えた。
6. 採用人材・パフォーマンス:最終的に採用された人材は、複数のグローバル企業においてアジア太平洋地域のHRオペレーションおよびHRトランスフォーメーションをリードしてきた、人事領域のエキスパートであった。入社後は、アジア太平洋地域における人事機能の統合および高度化を主導し、分散していた人事体制を地域横断で機能する組織へと再構築している。高いパフォーマンスが評価され、現在はアジア太平洋地域の人事統括(CHRO)へと昇進、50名以上の人事チームを率い、同地域における更なる成長に向けた人事施策を積極的に推進してる。
本事例から得られる示唆
• 多国・他事業展開が進む中では、各国・各事業の人事担当と連携できる「横断型人事リーダー」の設計が有効である。
• 成功の鍵は、人事制度の統一そのものではなく、地域全体で比較・連動が可能な人材および制度基盤を構築した点にある。
• 人事領域においても、経営・事業と一体で変革を推進できるリーダーの外部登用が、組織全体の実行力強化に直結する。
成功事例4:ファイナンス改革リーダー/タイ
1. 企業概要:日系グローバル企業。タイに主要生産拠点を持ち、ASEAN地域における中核拠点として長年事業を展開。
2. ポジション:財務・経理および管理機能を統括する副社長
3. 採用背景:同社は、タイにおける主力生産拠点として安定成長を続けてきた一方、電動化・カーボンニュートラル対応など、事業環境の大きな転換期を迎えていた。こうした変化に対応するためには、従来の数値管理・事後管理を中心とした財務・管理機能から脱却し、中長期戦略と連動した意思決定を支えるファイナンス組織へと進化させる必要があった。このため、CFOおよびCAO(Chief Administrative Officer)直下で、財務・経理・管理部門を横断的に再設計し、戦略実行の支援、ガバナンスの高度化、管理部門人材の育成・後継者形成を同時に推進できるシニアリーダーを、外部から迎える判断に至った。
4. 求めた人材像と見極めのポイント 財務・経理の専門性に加え、製造業における事業変革局面で、経営に深く関与してきた経験を重視した。評価の中心としたのは、中長期事業目標と整合した財務・管理戦略を構想・実行してきた実績、CFOや経営陣と対等に議論できるビジネスパートナーとしての視座、規制・税務・為替・関税を含む複雑な環境下でのガバナンス対応力、管理部門における人材育成・後継者育成の実績である。単なる「会計・税務の責任者」ではなく、経営変革を支えるファイナンスリーダーとして貢献できるかを見極めの軸とした。
5. サーチプロセス上の工夫:タイを拠点とする製造業を中心に、1,000名規模以上の組織で財務・管理機能の統括経験を有する候補者を対象にロングリストを形成し、ERP変革やガバナンス高度化といった具体的な変革テーマへの関与実績を基に、経営との距離感および実行力の観点からショートリスト化を行った。候補者に対しては、CFOおよびCAO双方へのダイレクトレポート体制、財務・経理30数名、管理部門約20名を率いる組織規模、ERP変革、内部統制強化、コスト最適化、BOI特典・税務最適化といった具体的な変革テーマを丁寧に説明し、本ポジションが「守りのファイナンス」ではなく、経営変革を支える中核的役割であることを明確に伝えた。
6. 採用人材・パフォーマンス:最終的に採用された人材は、複数のグローバル企業において25年以上にわたり、財務・経理・管理領域をリードしてきたファイナンスエグゼクティブであった。直近では、BOI認可企業においてERP移行(SAPから別システムへの移行)、内部統制の強化、コスト最適化、税務・関税対応を主導し、リージョナルおよびグローバルチームと連携しながら変革を実行してきた実績を有していた。また、後継者育成にも注力し、複数のマネージャーを重要ポジションへ育成するなど、管理部門の持続的な強化に貢献できる点が高く評価された。入社後は、経営の意思決定に直接貢献する財務・管理体制への転換を積極的に担っている。
本事例から得られる示唆
• 事業環境が大きく変化する局面では、「管理機能の高度化」を担うシニアファイナンス人材の外部登用が有効な選択肢となる。
• 成功の鍵は、専門性の高さではなく、経営と一体となって変革を推進できるファイナンス人材を見極めた点にある。
• ファイナンス領域においても、人材育成・後継者形成を含めた役割設計が、組織の持続的な強化につながる。
• 本事例は、ファイナンス機能が単なる数値管理ではなく、経営意思決定と戦略実行を支える役割へと進化することで、事業変革の推進力となり得ることを示している。
成功事例5:製造オペレーション統括/シンガポール
1. 企業概要:グローバルに事業を展開する日系企業。アセアンの製造ハブとして、シンガポールに製造拠点を構える。
2. ポジション:製造オペレーション統括責任者
3. 採用背景 事業拡大に伴い、生産規模・製品構成・技術要件が高度化し、製造オペレーションの複雑性が急速に増大していた。数百名規模の製造組織を、従来の延長線上で管理するのではなく、中長期事業計画と連動した生産戦略、設備投資、人材育成を一体で設計・実行できるリーダーが必要となっていた。本採用は、単なる工場長の補充ではなく、地域製造拠点の競争力を引き上げる変革ポジションとして設計された。
4. 求めた人材像と見極めのポイント 精密機械、航空宇宙、資本設備など、高度な品質・工程管理が求められる製造業で、オペレーション全体を統括した経験者をターゲットとした。評価軸は、中長期製造戦略(生産計画、キャパシティ拡張、設備投資)の策定・実行力、Lean、Kaizen、TPM、Industry 4.0等を用いた継続的改善の実績、品質・安全・コンプライアンスを担保しながら変革を進めるリーダーシップ、多国籍・多文化チームのマネジメント経験である。
5. サーチプロセス上の工夫
精密機械・航空宇宙・高度製造業領域を中心に、オペレーション全体の統括経験を有する人材をロングリスト化し、生産戦略と現場改善の両面で成果を出してきた実績を基に、戦略と現場を橋渡しできるリーダーシップの観点からショートリスト化を進めた。製造5部門を横断的に統括し、日々の運営から中長期の能力強化・デジタル化までを担う役割である点を強調した。候補者には、生産KPIの可視化と改善、スマートファクトリー推進、R&D・営業・サプライチェーンとの連携による全体最適が期待されることを伝え、「現場×戦略」を両立できるかを重視した。
6. 採用人材・パフォーマンス
採用された人材は、複数のグローバル企業でオペレーションおよび事業単位のマネジメントを担ってきたリーダーであった。入社後は、生産現場に深く関与しながら、工程改善・キャパシティ拡張・品質安全文化の定着を推進し、製造KPIの改善と組織の自走力向上に寄与している。
本事例から得られる示唆
• 製造領域においても、戦略と現場をつなぐポジションの設計が競争力を左右する。
• 単なる経験値ではなく、変革を継続できるリーダーシップが重要。
• 本事例は、製造領域においても、戦略と現場を接続する統括ポジションの設計と適切なリーダー登用が、拠点全体の競争力向上につながることを示している。
成功事例6:製造会社のマネージング・ディレクター/タイ
1. 企業概要:グローバルに事業を展開する日系企業。タイに拠点を置き、アセアン市場を中心に事業展開を行う。
2. ポジション:マネージング・ディレクター(製造会社社長)
3. 採用背景 タイ現地法人の業績低迷を背景に、事業再建と業績回復が最重要テーマとなっていた。上場企業として中長期戦略を実行しつつ、短期では数値目標に基づくリカバリープランの策定・実行が求められていた。加えて、ガバナンス強化(SHE・法令・上場規制)と工場運営の高度化も中長期課題であった。本採用は、“スーパーマン型MD”ではなく、ASEANレベルの支援機能を前提に、現地で再建をリードできるMDを据える設計として行われた。
4. 求めた人材像と見極めのポイント 回復局面での実行力、上場企業のガバナンス対応力、製造・商業の両輪を回す経営力を兼ね備えたリーダーをターゲットとした。単なるターンアラウンド実績ではなく、困難な状況を引き受け、やり切る覚悟と説明責任を果たせるかを重視した。
5. サーチプロセス上の工夫 ターンアラウンド経験を有する経営人材を対象に、製造・商業両面のマネジメント経験を軸としてロングリストを形成し、困難な状況下での実行力および説明責任を果たしてきた実績を重視してショートリスト化を行った。短期的な数値改善に加え、組織の立て直し(人材再配置、権限委譲、コーチング)まで含めて継続的に成果を出せるかを評価した。
6. 採用人材・パフォーマンス
採用された人材は、欧州系製造業でタイ拠点MDを経験した変革型リーダーであった。前職にて就任2年目に黒字化を達成し、投資判断の実行や主要KPI改善を通じて事業基盤を再構築した経験を有した。現在は、MD個人に依存しない組織体制の構築に加え、将来の事業成長を見据えた次世代リーダーの育成を進めている。
この事例からの示唆
• 製造会社におけるMDは、単なる業績管理にとどまらず、短期的な業績回復と中長期的な組織基盤の再構築を同時に推進する役割が求められる。
• 成功の鍵は、事業の再建に加え、人材配置や権限設計を含めた組織の再設計を通じて、持続可能な経営体制を構築できる点にある。
• 再建局面においては、現場と経営の双方を理解し、限られたリソースの中で優先順位を見極めながら意思決定できる経営力が成果を左右する。
サマリー(20年以上にわたるアジア各国でのエグゼクティブサーチ経験から得られた示唆)
本事例群からは、日系企業における海外経営および人材戦略の変化に関する複数の示唆が得られるとともに、実行にあたっての留意点も示唆されています。
地域統括単位でのマネジメント強化
各国最適を前提とした従来の運営から、地域統括単位で戦略・優先順位・意思決定を行う体制へと転換する動きは、多くの日系企業において現実的な選択肢として定着しつつあります。地域統括ポジションの明確化により、非日系ビジネスの拡大や各国拠点間のばらつき是正、意思決定スピードの向上といった効果が同時に求められる傾向が見られます。
駐在モデルの段階的見直し
日本人駐在員の供給制約を背景に、駐在員中心モデルは全面的なローカル化ではなく、段階的な見直しが進んでいます。人事・財務といったコーポレート機能に加え、営業領域でも現地化が進展しており、特に変革・再建局面では、外部人材・非日系人材の活用と内部育成を組み合わせたハイブリッド型の人材戦略が採用されています。
採用の位置づけの変化
各事例に共通して見られるのは、採用が単なる欠員補充ではなく、事業変革および成長を推進するためのドライバーとして設計されている点です。非日系顧客の開拓、営業モデルの変革、組織機能の高度化といった具体的なテーマと紐づけて採用が行われ、「誰を採るか」だけでなく「人を通じて何を変えるのか」が起点として定義される傾向が見られます。この傾向は営業・人事・ファイナンス領域に限らず、DXやデジタル変革領域にも広がっており、近年では組織横断で変革を推進できる人材への需要も高まっています。
エグゼクティブ人材市場の変化と採用競争力
近年、ASEAN・南アジア地域におけるエグゼクティブ採用では、「日本人か現地人材か」という枠組みから、「国籍を問わず、最も適した人材を採用する」という考え方へと変化が見られます。実際に、上記事例1および3は、現地人材ではないグローバル人材をご採用いただいた事例です。
また、エグゼクティブ人材を獲得する上では、報酬水準だけでなく、福利厚生や雇用条件を含めた採用競争力も重要な要素となっています。グローバル企業で活躍する人材の中には、有給休暇、医療保険、家族向け福利厚生などが充実した環境で勤務しているケースも多く、現在の待遇とのギャップが転職判断に影響することが少なくありません。
実際のサーチプロジェクトにおいても、雇用条件や福利厚生について、候補者の現在の待遇と企業側の制度との間にギャップが見られるケースがあります。そのため、エグゼクティブ人材の獲得を見据え、雇用条件や福利厚生の見直しを行っていただくケースも少なくありません。
エグゼクティブ採用においては、候補者そのものの見極めだけでなく、その候補者が参画を決断できる環境を整備することも、採用成功における重要な要素の一つとなっています。
候補者特定・選定プロセスの重要性
採用プロセスにおいては、初期段階でポジションの役割および期待成果を明確化した上で、対象企業群を起点とした網羅的な母集団形成が行われています。その上で、単なる職務経験ではなく、変革テーマに対して実際に何を実行してきたかという観点で候補者が評価される傾向にあります。また、企業文化や事業背景への適応性も重要な判断要素として重視されています。
調整力を備えた人材の重要性
海外事業においては、日本本社の考え方や期待を理解しつつ、現地市場や組織の文脈に応じて実行できる調整力を持つ人材の重要性が高まっています。単なるグローバル経験の有無ではなく、異なる価値観や組織文化を尊重しながら変革を前に進められる適応力が、実際の成果につながる要素として挙げられます。
外部エグゼクティブ登用が機能するための要件
一方で、外部エグゼクティブの登用が期待通りに機能しないケースも、限定的ながら見受けられます。例えば、新たに採用された人材の配下に、長年同様の役割を担ってきた既存人材が存在していたことで、役割や責任の重複が生じ、ポジションの存在意義が曖昧になるケースがあります。このような場合、本人の能力とは関係なく十分に力を発揮できない状況が生じ、結果として早期に退職に至るケースも見られます。
こうした事例からは、新たに採用されたエグゼクティブが中長期的に活躍できるかどうかは、個々人の能力や適応力のみならず、組織内における役割設計および期待値の明確化、さらにはリポーティングラインとの整合性といった構造的要因に大きく左右されることが示唆されます。
成功に向けた実務的ポイント(組織設計とコミュニケーション)
加えて、既存の現地幹部層に対して「なぜ当該ポジションの採用が必要なのか」という意図や背景を経営層から明確に伝えることも重要です。こうしたメッセージが共有されることで、外部エグゼクティブに対する組織内での受け止め方が方向づけられ、協力体制の構築や円滑な立ち上がりにつながるケースが多く見られます。
また、特にリージョナルポジションにおいては、役割や責任の定義に加え、組織内での位置付けや意思決定のあり方が、実際の影響力や成果発揮に直結します。特に、どのレベルで最終的な意思決定がなされるのかを明確にすることが、当該ポジションの関与範囲および期待役割を左右する重要な要素となります。
外部エグゼクティブが活躍するための人材・意思決定要件
さらに、転職後に長期的に活躍している人材に共通する要素としては、専門性に加え、企業の価値観や文化を尊重しながら新たな環境に柔軟に適応できる「人間力」が挙げられます。また企業側においても、採用した人材の考え方やアプローチを尊重し、相互に学びながら成長していく関係性を構築しているケースが多く見られます。
加えて、外部エグゼクティブ採用を成功に導く上では、候補者に対する動機付けおよびコミュニケーションの質も重要な要素となります。特に対象となる人材は、キャリアの成熟段階にあり、今後のキャリアにおける重要な意思決定として転職を検討するケースが多いため、企業側には自社の課題や事業の方向性、当該ポジションを通じて実現したい変革の意図を明確に伝えることが求められます。また、「なぜ自分がこのポジションに求められているのか」という点について具体的に理解できることは、転職意向の醸成において重要な判断材料となります。加えて、入社後に直面が想定される課題や組織上の制約についても、事前に一定の透明性をもって共有することで、「想定との差異」に起因する早期離職のリスクを低減することにつながります。
総括
本事例群に共通する成功要因としては、経営課題の明確化、ポジションごとの目的および期待役割の具体化、そして候補者との相互理解を前提とした採用プロセス設計が挙げられます。
エグゼクティブ採用は、単なる人材補充にとどまらず、事業戦略および組織変革と一体で設計されるべき経営テーマであり、その成否は人材そのものに加え、役割定義・組織設計・意思決定構造といった要素との整合によって左右されます。
本稿でご紹介した事例が示すように、エグゼクティブ採用は海外事業の成長や経営基盤の強化に深く関わるテーマであり、企業によっては海外経営モデルの高度化や地域統括機能の見直しとも関連する取り組みといえます。今後の事業成長と競争力強化に向けた重要な経営課題の一つとして位置づけられるのではないでしょうか。
執筆者紹介
岩村 精二/Client Partner
20年以上にわたり、アジアパシフィック各国で事業展開する日系企業に対し、リテーナー型エグゼクティブサーチを通じた経営人材獲得支援を行っている。アジア地域における経営幹部層の現地化推進について、クライアント企業の課題やビジョンを深く理解した上で、適切な人材の発掘、動機付け、採用までのプロセスを支援してきた。また、採用後も人材の定着およびパフォーマンス最大化に向けて、多くの企業に助言を行っている。
日系企業での勤務経験を持たないグローバル人材を含め、紹介したエグゼクティブ人材が企業文化に円滑に適応し、組織にポジティブな変化をもたらすとともに、部下の士気を高め、アジア地域における売上拡大や組織変革に貢献した事例を数多く手掛けている。
産業界全般に加え、テクノロジー、ライフサイエンス、消費財、広告・メディア業界におけるサーチ実績を有する。アジアパシフィック全域でのサーチ経験を持ち、特に東南アジアおよび南アジア地域における地域統括職、事業・職種別統括職、各国の販売拠点および生産拠点の社長、副社長、工場長、CFO、人事責任者、営業・マーケティング職、エンジニア職、生産・製造管理職などのサーチを数多く手掛けている。
コーン・フェリー参画前は、2003年より米系グローバルエグゼクティブサーチ会社およびシンガポール系エグゼクティブサーチ会社に勤務。2008年から2014年まではタイにて自身のエグゼクティブサーチ会社を設立・経営し、一貫して日系企業の経営幹部・管理職人材の採用支援に従事した。関西外国語大学外国語学部英米語学科卒。
