【コンサルタントコラム】開示目的のスキルマトリクスから脱却し、いかに取締役会を高度化するか?


CGコード改訂を踏まえ、スキルマトリクスを開示資料から取締役会高度化の経営ツールへ進化させる意義を考察する
執筆者:プリンシパル/大木 崇史
CGコード改訂から見るスキルマトリクスの位置づけ
2026年7月21日、金融庁・東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)を確定・公表した。今回の改訂は、コード全体をよりプリンシプルベースで、簡潔かつ実質的なものへ見直す方向で整理されている。その背景には、CGコード対応が浸透する一方で、開示や体制整備が形式化し、経営の質向上につながっているかが見えにくいという問題意識がある。今後は、各社が経営戦略・事業特性に照らして、取締役会構成の適切性を説明することがより重要になる。
今回の改訂では、取締役会のスキル・構成に関する論点が、補充原則から、原則4-13「取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件」へ再整理されている。ここで求められているのは、単にスキルマトリクスを作成・開示することではなく、自社の経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル等を特定し、その組み合わせを取締役の選任方針・手続と併せて説明することである。したがって、論点は「スキルマトリクスを開示しているか」から、「スキルマトリクスを通じて、取締役会に必要な能力と構成を説明できているか」へ移っている。なお、「スキルマトリクス」という具体的な例示は解釈指針に置かれており、特定の表形式よりも実質的な説明が重視されている。
一方、企業側においても、スキルマトリクスが開示目的に留まっていることへの課題意識を聞く機会は増えている。経営環境の変化・現任取締役の任期長期化により、当初設定したスキル項目や取締役会構成とのズレが生じているためである。
スキルマトリクスの見直し方
取締役会に必要な能力と構成を考えるには、まず自社の取締役会が担うべき監督機能を明確にする必要がある。そのうえで、横軸であるスキル項目は、中期経営計画や将来課題を踏まえ、取締役会として重点的に扱うべきテーマから逆算して定義する。スキル項目は、大きく二つに分けて考えることができる。一つは、企業経営、財務・会計など、どの企業・局面にも一定求められる基盤的な項目である。もう一つは、DX・AI、グローバル、M&Aなど、自社の戦略や事業環境に応じて選定すべき項目である。
次に、縦軸として、そのスキルを誰が、どのような組み合わせで担うのかを考える必要がある。取締役会全体の充足度を見るには、個々の取締役の経験を一覧化するだけでは十分ではない。そのうえで、社内取締役と社外取締役、取締役会と経営チーム、現任取締役と今後迎えるべき候補者の関係を踏まえ、望ましい取締役会構成を検討する必要がある。
スキルマトリクスの発展段階
以上を踏まえ、スキルマトリクスの活用を仮説的に三段階に整理したい。

第一段階では、現任取締役の経験・専門性を説明する開示資料としての性格が強い。第二段階では、経営戦略の実現に必要なスキルを説明するものへと位置づけが変わる。第三段階では、必要スキルと現在の構成との差分を踏まえ、取締役会構成や社外取締役要件の見直しに活用するものへと発展する。
加えて近年では、執行側の経営チームにもスキルマトリクスを広げ、経営陣サクセッションや次世代リーダーの要件整理に活用する動きも見られる。外部開示に限らず、将来の経営体制を検討する方法としても有効である。
企業がつまずきやすいポイント
スキルマトリクスを「次の段階」に進めようとする声は増えているが、一方で、実際に見直しを進めようとすると、主に二つの壁に直面しやすい。
一つ目は、2021年CGコード改訂対応時の名残である。企業からは、「当時つくったスキルマトリクスを毎年更新してきたが、項目全体を見直す機会は持てていない」という声を聞くことがある。新しい戦略テーマを追加する一方で、既存項目を含めた優先順位づけや統廃合までは十分に行えていないケースもある。一度設定した項目であり、かつ直ちに不要になるという訳ではないため難しいが、自社の戦略に照らして、思い切って必要な項目を見極め直すことが重要である。
二つ目は、取締役会構成への踏み込みにくさである。実務上はこちらの方が、より大きなハードルになりやすい。スキルマトリクスを構成見直しに使うには、現任取締役のスキル充足状況や不足領域に触れる必要がある。しかし、これは社外取締役の再任や次期候補者要件にも関わるため、議論が慎重になりやすい。そのため、いきなり現任取締役の評価や構成見直しに入るのではなく、まずは将来の経営戦略を踏まえ、取締役会としてどのような監督機能を備えるべきかを議論することが現実的である。現状の充足・不足を問う前に、「あるべき取締役会像」を共有することが出発点となる。そのうえで、現在の構成との差分、今後強化すべき領域、次に迎える社外取締役の要件を段階的に議論していくことが重要になる。取締役会実効性評価や指名委員会での議論とも連動させながら、時間をかけて共通認識を形成していくことが求められる。実際の事例でも、グローバルM&Aや資本市場との対話を強化する観点から、取締役会に不足する経験や視点を補う必要性が議論されることがある。その結果、グローバル経験や財務・会計、資本政策に知見を持つ社外取締役の選任・検討につながった例も見られる。
最後に:ガバナンス高度化に向けたチェックリスト
今回のCGコード改訂で問われているのは、スキルマトリクスという表の有無ではない。取締役会が将来の経営戦略に必要な能力を備え、その実現に向けて構成を見直せているかである。スキルマトリクスを開示資料から取締役会高度化のための検討基盤として活用できるかが、今後のガバナンス高度化の分岐点になるだろう。そのためのチェックリストとして以下を参考にしていただきたい。
取締役会の役割に関する問い
•自社の取締役会は、何を重点的に監督すべきか
•取締役会が監督すべきテーマと、必要スキルは接続しているか
横軸:スキルの設計に関する問い
•自社のスキルマトリクスは、現任取締役の説明資料に留まっていないか
•中期経営計画・将来課題から、必要スキルを再定義できているか
•スキル項目を優先順位に照らして統廃合できているか
縦軸:構成・選任への活用に関する問い
•必要なスキルの担い手を確認できているか
•不足しているスキルや視点を、取締役会で議論できているか
•スキルマトリクスは、次の取締役会構成や社外取締役要件を考える材料になっているか
参考資料
金融庁・東京証券取引所(2026)「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について」
金融庁・東京証券取引所(2021)「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」
各社「株主総会招集通知」「コーポレートガバナンス報告書」「統合報告書」
