【講演録】インクルーシブなリーダーを育てる経営幹部サクセッション


不確実性が高まり、多様な人材が共に働く時代において、経営幹部に求められるのは、人を惹きつけ、違いを力に変え、組織全体に影響を与える力だ。そのようなインクルーシブ・リーダーを輩出するサクセッションのプロセスとはどのようなものか。本セミナーでは、まず前提として企業における経営幹部サクセッションの実態と課題を紹介し、続いてインクルージョン視点を取り入れた新しいサクセッションのアプローチを紹介した。
コーン・フェリーでは2026年3月18日に「インクルーシブなリーダーを育てる 経営幹部サクセッション」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。
<登壇者>
コーン・フェリー・ジャパン シニア クライアント パートナー 増田 智史
コーン・フェリー・ジャパン シニア クライアント パートナー 川島 由妃
不確実性が高まり、多様な人材が共に働く時代において、経営幹部に求められるのは、人を惹きつけ、違いを力に変え、組織全体に影響を与える力だ。そのようなインクルーシブ・リーダーを輩出するサクセッションのプロセスとはどのようなものか。本セミナーでは、まず前提として企業における経営幹部サクセッションの実態と課題を紹介し、続いてインクルージョン視点を取り入れた新しいサクセッションのアプローチを紹介した。
■経営幹部サクセッションの現状と課題
まずは、日本企業の経営幹部サクセッションの現状に関する調査結果を紹介する(図表1)。経営幹部サクセッションに関して体系的な施策が整備されていると回答した企業は約半数。また施策のオーナーでは、63%がCEOまたは代表取締役、つまり執行側という結果になった。

サクセッションを構造化すれば、「椅子(ポジション)」と「人材」の二軸で成り立っているが、調査からは4つの課題が浮かび上がった(図表2)。

「椅子」に関する課題としては以下の2つがある。
1.サクセッションの前提となる執行体制の未整備
候補者リストの策定や候補者の育成が現任者任せになっていることや、執行体制設計が不十分で対象ポジションが定義できていない。「社内人材の事情に引きずられ、人に合わせた組織設計になってしまう」「事業責任者が多く、ポートフォリオ管理が進まない」といった声も聞かれる。
2.曖昧な人材要件
人材要件はサクセッションのあらゆる活動の軸になるため、これが曖昧だと全てのプロセスが機能しない。調査からは、半数以上の企業では人材要件が存在しない、あるいは共通要件のみで運用しているという状況が見られた。共通要件は長期育成に役立つ面はあるものの、ポジション特性に応じた育成やサクセッションには不十分となる。
続いて、「人」に関する課題として以下の2つがある。
3.サクセッサー育成への踏み込みの甘さ
人材要件が時代に応じて変わっているにもかかわらず、育成施策は過去の延長線上で留まっており、その結果、過去に必要だった人材を再生産し続けてしまいがちだ。コーン・フェリーのアセスメント・データからは、「既存事業を着実に運営する能力(Perform)」は比較的高い一方で、「変革を牽引する能力(Transform)」に関するスコアは全体的に低い傾向があった。
4.社外からの人材登用不足
日本企業では「候補者は社内から選ぶ」前提が一般的なため、市場競争力や多様性の観点が欠けており、ベストな人を取ることができにくくなっている。外部環境が複雑化する中では、最終的に社内人材に落ち着いたとしても、社外の優秀人材を“比較軸”として持っておくことが重要 になる。
■経営幹部サクセッションを進める上で外せない論点
これらの課題を解決し、経営幹部サクセッションを成熟させるためには3つのステージを順に整備していくことが王道となる。
1stステージ:ステークホルダーへの説明力を高める
後継計画のシナリオ、プロセス、会議体・体制、選任基準、評価アプローチを社外にも示すことで、サクセッションプランの説明力と透明性を高める。
2ndステージ:次期交代の成功確率を高める
要件の適切な定義、後継者候補の客観的な評価、個別育成計画(IDP)を組み合わせることで、成功確率を高める。
3rdステージ:将来を見越して後継者候補プールの質を高め、量を増やす
階層間で要件・思想が断絶しないようにし、アセスメントや育成手法を揃えることで縦の比較ができるようにし、候補者の柔軟な入れ替えを行うことで、質と量の両面で長期の“太い”パイプラインを作る。
■インクルーシブ・リーダーシップが求められる背景
最近では人材要件としてインクルーシブ・リーダーシップを中心に掲げる企業が欧米でも増えてきている。その背景として、地政学リスクやAI を含むテクノロジーの進化により、世界が複雑性を増しており、変革スピードが従来以上に加速していることがある。複雑性が増すほど“多様性を扱える能力”の価値が高まるということを認識しておきたい。
コーン・フェリーが2025年に行った指名委員会調査の結果からも、多様性の欠如が社内取締役候補のトップ課題となっている。「多様な幹部候補が育っていない」→「経営層が多様化しない」→「組織の適応力が下がる」という構造になっている。これが、インクルーシブ・リーダーシップをサクセッションに組み込むことの重要性だ。

■インクルーシブ・リーダーシップの定義と構成要素
そもそもインクルーシブ・リーダーシップとは何か。コーン・フェリーでは「多様な視点・人材を理解し活用する能力(=人間力)」と定義しており、その起点は 自己理解(セルフ・アウェアネス)とセルフ・マネジメント にある(図表4)。インクルージョンは、他者をどう扱うかの前に、まず自分自身の認知のクセ・価値観を見つめ直し、アップデートできるかが大前提となる。自分をアップデートできない人が、他者や組織の認知を変えることはできない。心理学の「鏡の法則」のように、対人スキルは自己理解の深さを反映する。

コーン・フェリーでは、300万件以上のアセスメント・データ、グローバルのエグゼクティブ評価、行動特性・性格特性の定量分析をもとに、インクルーシブ・リーダーに共通する性質と能力を抽出した。その結果、インクルーシブ・リーダーは 13のコンピテンシー と 11の性格特性 を特徴として持つことが分かった。
■インクルージョンを活用したサクセッションの全体像
ここからは、インクルージョンをサクセッションに組み込むときの実際のアプローチを紹介する。

基本的な流れは通常のサクセッションのプロセスと変わらないが、「インクルージョンの文脈では何が変わるのか」を中心に説明する。
1. 対象者の選定
まず、インクルージョンをサクセッションに活用する場合、パイプラインの候補者の中でも “インクルージョンに関心が高い/発揮しそうな人” を優先して選ぶ ことが求められる。具体的には、組織文化や事業を変革したいという意思がある、多様性を扱うことに関心がある、自己理解を深める意欲がある、他者の成長・適応を支援してきた経験がある、といったことだ。これは、インクルージョンが単なる“対人能力”ではなく、組織文化変革そのものの推進力になるためだ。
2. アセスメント(インタビュー)の特徴
インクルージョンを扱うサクセッションでは、一般的なコンピテンシー評価に加えて 人格形成期からの経験を深掘りする 独自インタビューを行う。そのため、アセスメントは2部構成になる。
第1部:ビリーフ(価値観)を形成した経験の探究
幼少期から現在までの経験を詳細に振り返り、どんな価値観が形成されてきたか、それがどんな作用をしているか、認知のクセはどこから生まれているか、を構造的に理解する。これはインクルージョン実践において“自分の認知システムをアップデートできるか” が極めて重要 なためだ。
第2部:行動特性(コンピテンシー)を見るインタビュー
一般的な「行動面の深掘り」、いわゆる BEI (Behavioral Event Interview)。13のコンピテンシーに基づき、具体的な行動事例を1つずつ確認する。性格や動機はインタビューだけでは正確に測りにくいため、統計的に裏付けられた心理検査と組み合わせる のが効果的だ。
3. サマリーレポート(評価結果)の特徴
アセスメント結果は、「経験」×「性格特性」×「コンピテンシー」 の相関が分かる形でレポート化される。レポートでは、経験・性格・行動特性の相関分析、中核ビリーフ(価値観)の理解中核ビリーフ(価値観)の理解、行動変容の方向性、という特徴的な3つの要素が含まれる。
4. 個別フィードバックと行動計画
個別フィードバックでは、上記レポートの内容を本人とともに振り返り、行動変容につながる具体的な目標を設定する。行動計画は一般的に、自己レベル(Leading Self)、チーム・担当組織レベル(Leading Others)、組織レベル(Leading the Organization)、の3部構成となる。これにより、個人の変容が組織全体に波及しやすくなる。
■インクルーシブ・サクセッションを組織文化変革につなげる
インクルーシブ・サクセッションを進める企業では、アセスメント結果を「ステークホルダー(経営陣・人事・指名委員会など)」にも分かりやすく伝えるためのレポートを作成する。例えば10名が受講した場合、その 平均スコア を出すことで「組織文化の特徴」が浮かび上がる。経営層に上がってきている人材は、現行の組織文化を体現していることが多いため、スコアの傾向=“今の組織文化の特徴” を可視化できる。
こうした傾向を踏まえて「今の文化」と「目指す文化」のギャップを議論する場 を設ける。これにより、インクルーシブ・リーダー育成を組織文化変革につなげていく。特に、インクルージョンは「個人の認知行動の変容」→「チームの協働変化」→「組織文化の変革」へと波及する性質があるため、個人育成と組織変革をワークショップで接続することが重要になる。
日本企業では、控えめな人が実力を発揮しきれない、一部の属性の人材が抜擢されにくい、声が大きい人だけが意思決定に影響する、といった問題が生じがちだ。行動・仕組み・文化を変えるためのフレームワークを扱うことで、こうした問題に対処することができる。
■インクルージョン開発の3階層(Leading Self → Others →Organization)
最後に、インクルージョン能力開発のフレームを整理すると以下の3階層になる。
①自己(Self)
自己理解
認知行動のアップデート
オーセンティシティ
レジリエンス向上
②他者・チーム(Others)
多様性をもつメンバーの活かし方
心理的安全性
インクルーシブな意思決定
チームカルチャー形成
③組織(Organization)
組織レベルのエクイティ(公正性)向上
制度面での多様性支援
組織文化変革
パイプライン多様化
この3階層がつながることで、個人 →チーム →組織 を一貫してインクルーシブに変えていくことができる。
■質疑応答
Q1 人材要件を自社向けにカスタマイズしたい。どこまで固有性を持たせてもよいか?
A1(回答:増田)
本当の意味で「完全に自社固有で、他社には全く当てはまらない」要件は、実際にはあまり多くない。リーダー要件は研究が進んでおり、重要な要素は多くの企業で似てきていることが分かっている。しかし、“何を優先するか” は企業ごとに大きく違う。こうした 企業が置かれている状況(過去・現在・未来) によって、優先すべきコンピテンシーやスキルは変わる。また、経営理念やカルチャーの根幹 は会社ごとに異なるため、この部分が固有性を生む最大要因となる。
Q2 生成AIなどの技術変化を踏まえると、過去データが通用しなくならないか?
A2(回答:増田)
ご指摘の通り、要件は日々変化しており、特に生成AIの登場以降、そのスピードは非常に速くなっている。従って、“過去データの利用は慎重に行う必要がある”という点は完全に同意する。具体的には、使用するなら 直近3年程度の「鮮度の高いデータ」で、過去との「変化」に着目することが重要となる。また、以前は「高業績者 vs. そうでない人」をアセスメントして「差分=重要コンピテンシー」としていたが、現在はそのやり方をほとんど採用していない。代わりに、将来の戦略・環境、企業としての挑戦テーマ、周囲のステークホルダーとの関係性、など、未来を起点にした要件づくり(アジャイル型) へ完全に移行している。
Q3 海外子会社の経営者が “サクセッション計画=自分のポストが危うくなる” と感じてしまう。どう説明すべきか?
A3(回答:増田)
これは非常に多いケースだ。「これは育成のためのプロセスです」と説明するのが一般的だが、現場では“綺麗事”に聞こえてしまう場合がある。そこで有効なアプローチは、「これは全社で統一されたプロセスであり、特別扱いではない」と明確に伝えること。こうすることで、「自分だけ狙い撃ちされているのでは?」という不信感を和らげられる。それでも不安は完全に消えないが、“ルールとして全社で共通” という説明が最も受け入れられやすい。
Q4 トップダウンが強い社風で、人事が介入しづらい。サクセッションを活用するには?
A4(回答:川島)
結論としては、“プロセスの透明化” をテコにするのが最も効果的だ。サクセッションは、要件、プロセス、選任基準、評価基準、など 明文化が求められる領域 のため、この透明性を軸に議論を進めると、トップダウンの文化でも人事が介入しやすくなる。透明性が生む効果として、トップの属人的判断を補完できる、関係者の合意形成がしやすい、ガバナンス強化にもつながる、といったことがある。「標準プロセス」をベースに、組織の合意形成とプロセスデザイン から着手するとよい。
Q5 経営人材の選抜で “ポテンシャル” を重視する考え方は、今もスタンダードか?
A5(回答:川島)
その通りで、むしろこれまで以上に重視されるようになっている。最近は、常務になってから全く別の事業を担当する、執行役員が未経験領域にチャレンジする、といったケースが急増している。
これは、事業環境が複雑化、経営視点の幅を広げる必要性が高い、経験のみではリーダーが育たない、といった理由から、“やったことがない仕事に向き合えるかどうか” が極めて重要になったためだ。ポテンシャル(潜在能力)は、この「未経験への適応力」を測定するための指標であり、経営候補者でも必須の評価項目となっている。
Q6 コンピテンシー要件づくりに使えるグローバルフレームワークはあるか?
A6(回答:川島)
はい、コーン・フェリーでは 4,000職種以上のサクセス・プロファイルというグローバルライブラリ を保有しており、サクセッション要件づくりでも頻繁に使われている。標準モデルをベースにしつつ、企業の戦略、経営理念、現状の課題、市場状況、などを加味してカスタマイズする運用スタイルが主流だ。
Q7 インクルージョンをサクセッションに取り入れると、どんな効果が期待できるか?
A7(回答:川島)
端的に言えば、組織の“適応力” と“変革力” が劇的に高まる。インクルージョンは、個人の認知行動の変容、チームの協働の変容、組織文化の変革をつなぐ “メタスキル” といえる存在。とりわけ環境の複雑性が増す現代では、多様な視点を統合し、不確実な状況でも意思決定し、組織を動かしていく力が非常に重要になる。サクセッションプロセスにインクルージョンを組み込むことで、経営者の成功確率が上がり、多様な人材が上がってくるパイプラインが形成され、組織文化がアップデートされるといった効果が期待できる。
