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Skip to main contentコーン・フェリーでは2025年4月22日に「人材競争力に直結するPay Transparency(給与の透明化)の最新潮流」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。動画は< https://vimeo.com/1083419359 >でご覧いただけます。
コーン・フェリー・ジャパン クライアントリレーションシップマネジャー 森友 嘉徳
■グローバルの主要人事トピックPay Transparencyとは
近年、アメリカやヨーロッパではダイバーシティ推進やPay Equity(同一労働同一賃金)といった給与に関する人事トピックが大きく注目を集めている。それをさらに進化させたのがPay Transparency(給与の透明化)だ。この規則・法令は、企業のESG対策の一環として、特に「S(社会)」に焦点を当てた取り組みとして導入されている。なお、Pay Transparencyという言葉の日本語訳はまだ定まっていないため、本セミナーでは便宜的に「給与透明化法」と呼ぶ。
Pay Transparencyは、報酬の透明化を通じて、性別や人種、その他の属性に関係なく「同一労働同一賃金」を実現することを企業に求めている。具体的な中身としては、次の項目に対してオープンにすることを求められる。
・社内向け:一貫した制度の原則や枠組みに関する情報の説明義務
・社外向け:求職者に対し、上記に加え、面談前に給与レンジの開示(前職での報酬額に関する質問の禁止)
・監督官庁向け:あらゆる役職における実際の給与情報を監督官庁に提供すること(格差があった場合は一定期間内の是正を求められる。例えばEUでは、5%以上の格差があった場合半年以内)
2020年に米メリーランド州で法令が施行されたのを皮切りに、2023年にカリフォルニア州とニューヨーク州でも施行され、ヨーロッパでも2026年から施行予定となっている。例えばEUでは、図表1にある通り、従業員規模100人以上とかなり多くの企業に報告義務が生じ、5%以上の賃金格差があれば半年以内の是正が求められるようになる。
▼図表1
■Pay Transparencyが日本企業に与える影響
透明化の主要要件として、図表2にある通り5つの柱がある。例えば「同一労働に対する同一賃金」と「透明性のある給与」で言えば、求職者に対して初任給や給与レンジは面接前に伝達する必要がある他、求職者に現在の給与について尋ねることができなくなる。なぜなら、求職者に対しだけではなく、在籍者に対しても報酬決定プロセスおよびその基準を説明する義務が発生するためだ。
▼図表2
同じことが日本でも法令化された場合、日本企業に大きな影響を及ぼすと思われる。例えば日本でもウェブやSNSなどで、正しいかどうかは別として、企業の給与レンジや給与制度を閲覧することができる。例えばある職務のレンジが年収800万円~1,000万円となっていた場合、その人の給与がなぜ900万円なのかを説明する必要が生じるということだ。これが求職者に対しては人事部が対応するであろうが、現職者に対しては上司などの管理職が説明責任を果たすことになると思われる。従業員からの誤解や反発を恐れて曖昧な説明に終始することなく、全管理職が人事評価と絡めてきちんとした説明ができないと、従業員からの訴訟リスク、パフォーマンスの低下、組織全体の生産性低下などにつながる恐れがある。
■Pay Transparencyの進め方
グローバルの好業績企業は報酬の透明化を着実に進めている。コーン・フェリーの調査では、透明化を実現している企業とそうでない企業では給与が20%、エンゲージメントも13%違うという結果が出た。ここでは日本で法令化された場合に備え、今から日本企業にできることを紹介する。
図表3にあるように、5つのステップを1つずつ整理していくとスムーズに対応できるようになる。①規制・法令の確認では、全体を俯瞰して、規則・法令に対して何が必要か、いつまでに対応する必要があるかのロードマップとゴールを設定する。 ②給与公平性分析では、自社において「Pay Equityが実現できている」状態を定義する。③等級、役割、職務定義の確認では、②の分析を踏まえ改めて「同一労働同一賃金」が実現できているかを確認する。中途採用が増えている今、社外との比較や分かりやすい共通言語を用いた定義が必要になる。④報酬戦略とデザインでは、コロナ禍や事業環境の劇的な変化を経てビジネスモデルが変わってきている中で、広い見地から報酬戦略を検討することが求められる。そして、⑤新施策導入、コミュニケーション、そして浸透では、社内はもとより、社外に対しても一貫した説明が出来るようにする必要がある。特に評価者である管理職がきちんと説明できるように育成することで、社員の安心感やエンゲージメント向上につながる。
▼図表3
■Pay Transparencyの究極の価値とは
これまで見てきたように、Pay Transparencyに対応することはコンプライアンス上の意味があるだけではなく、企業・組織が優秀な人材を惹き付け・定着させる上で欠かせない戦略であることが分かるだろう。報酬の“公平性”と“透明性”を高めることで企業への信頼が高まり、結果として生産性向上や離職率低減、より働きがいのある職場・環境を提供することになるためだ。つまりPay Transparencyの究極の価値は、企業の信頼と信用を高めることで採用競争力や企業ブランドを高め、持続可能な成長を築くための地盤になることにある。日本企業の積極的な取り組みが期待される。
▼図表4
■Q&Aセッション
Q1 従業員の給与格差について、正規・非正規といった区分も当てはまるか?
A1 格差の分析目的は人種・性別となり、雇用区分はその分析のファクターに該当する項目となる。
Q2 自社の報酬水準が競合に分かってしまうデメリットがあるのでは?
A2 求人媒体においてレンジを掲載する場合、求職者に対してインパクトを与えるメリットと、競合先に知られるデメリットを考慮すると、工夫が必要になってくる。例えば、レンジを広めに掲載するのも一つ。
Q3 給与決定には人事評価が結びつくものだが、それも公開するのか?
A3 あくまで基本給、想定年収(そのポジション・職務・等級で求められる目標を達成した時の想定ボーナスを基本給に加えたもの)を公表することになる。人事評価の良し悪しによる給与カーブの変化に関しては求められていない。求職者への面談の際に魅力的なプログラムであれば紹介することで、モチベーションを高める効果を期待するよう活用するというのは一つの手かもしれない。
Q4 前職の給与の秘匿性についてもっと詳しく知りたい。
A4 あくまで自社の求人対象ポジションの職務要件と、それに結びついた報酬水準のロジックを持ち、求職者の能力に合わせてオファーをするのが原則。これは就業者との同一労働同一賃金を実現するためだ。この状況下で仮に前・現職の給与を聞くことでその想定年収を下げる判断をされた場合は、同一労働同一賃金を実現しているとは言えず、当該求職者が入社後にその事実を知った際のことを考慮すると自ずと影響がご理解いただけるのでは。
Q5 ポジションごとのジョブグレードを開示すべきか、Pay Transparencyの観点からどう考えるか?
A5 現在のトレンドとして自律的なキャリア形成を促す環境を整えるのであれば、公開することが望ましいと考える。開示しない理由として、決めた際の説明責任を果たせないということが想定されるが、社員としてはブラックボックス化された状況ではモチベーションが上がらないなど弊害の方が多くなる可能性もある。もし自律的なキャリア形成を後押ししているのであれば、公開に向けた議論を積極的に対応されるのが望ましい。
Q6 日本でPay Transparencyが法制化されるのはいつ頃か?
A6 今のところ聞こえてきていない。一方で、女性活躍推進法が施行されて3年が経つ中で、同一労働同一賃金が浸透・定着するだけの期間をどの程度見るかにもるが、欧米の流れから日本でも法制化の議論がそろそろ始まっても違和感のない時期に差し掛かっているとも考えられます。少なくともフォワードルッキング的に今後の対応事項としてリスト入りし、検討を始める段階と捉えていいのではないかと思われる。
Q7 海外子会社が前職給与を元に好きに報酬を設定しているのは時流に反しているのか?
A7 前職の給与を参考にすることはあるべき姿ではないとセミナー内でお伝えした。質問内に「好きに設定」とあることから、不当に高い報酬を吹っかけてきたといった意味合いがあるかもしれず、そのポジションに求める期待値と職責を金額換算する手法をお持ちになることが求められると思料する。専門性の高い職種に対しては尚のこと、職務におけるマーケット水準を外部情報をもとに検討して臨むことをお勧めしたい。またM&Aは成功報酬もあるため、報酬プログラムの検討・ご説明を十分に行い、事例などを紹介することで理解を促し採用・リテンションに繋げてはいかがだろうか。