【講演録】”現地任せ“から”現地と共に“アジアで成長するためのエンゲージメント向上戦略

コーン・フェリーでは2023年10月11日に「”現地任せ“から”現地と共に“アジアで成長するためのエンゲージメント向上戦略」と題するセミナーを実施しました(動画はこちら)。その講演録をご覧いただけます。

 

コーン・フェリー・ジャパン シニア クライアント ディレクター 岡部 雅仁

 

■アジア地域で日本企業のプレゼンスを拡大していくために

昨今エンゲージメント向上に関する取り組みを、国内だけでなくグローバルに拡大させる企業が増えている。その背景には大きく二つあり、一つは人的資本経営を日本だけでなく、海外拠点を含め高めていきたいこと。もう一つは、コロナ禍という大きな変化を受け、世界中で働き方や働くことに関する価値観が大きく変化する中で、日本という枠組みを超えて社員エンゲージメントを世界的な課題として可視化し高めていこうということ。本セミナーでは、日本から近く本社の関与も比較的強い日本企業のアジア地域現地法人に絞り、エンゲージメント調査結果から得られた示唆を紹介する。

アジアと一口に言っても広く多様性もある。ただ共通するのは、人口規模が大きく、平均年齢が日本より若く、経済的な伸びしろがあるということ。JETROのデータによると、海外進出している日本企業は中国、タイ、ベトナム、インドネシアなどが多い。各国の文化、歴史、市場動向に精通した現地社員のエンゲージメントをどう高めていくかが、事業の成長に直結していく。

まずは参加者を対象に投票がなされた。

「アジア地域の戦略人事を主導しているのはどこか?」

  • 日本本社のグローバル人事が主導している
  • アジア地域統括で主導している
  • 国ごとに主導している
  • 実際まだ攻めの人事戦略は行っていない。
結果はおよそ4分の1ずつに分かれた。海外事業の成り立ちや歴史が、各社ごとに違うということを表していると言える。

 

■エンゲージメントは企業価値に直結する経営の最重要指標

エンゲージメントは企業価値に直結する経営の重要指標として各社で財務、非財務の筆頭指標として適用されることが増えてきた。これは人的資本開示指標の中でも比較可能性が高いためだ。

コーン・フェリーでは「Engagement/社員エンゲージメント」(働きがい)と「Enablement/社員を活かす環境」(働きやすさ)という枠組みをグローバル共通で使用している。昨今、これらの指標は業績の先行指標と見られ、これらを高めることでそれに遅行して業績が高まることが分かってきている。例えば「社員を活かす環境」について上位1/4と下位1/4の企業を比較すると、5年単位で見ると売上伸び率や一株当たりの純利益率に大きな差が見られる。

 

■アジアと日本のエンゲージメント推移

ここからはコーン・フェリーが実施した大手日本企業19社のAPAC現地法人11万人分のデータをもとに紹介する。

グラフは「社員エンゲージメントを活かす環境」の時間の推移を表している。上から、好業績企業平均、グローバル平均、日本平均で、世界的にコロナ後から「エンゲージメント」「活かす環境」ともに右肩上がりで伸びてきている。その理由は、事業環境に対する経営の舵取りがうまくいっている、オープンな情報開示など環境変化に対する経営側の変化、社員へのサポートや働き方への支援、といったことがあると言える。

また、アジア地域は大変高い水準にあり、日本とは大きく乖離していることが分かる。つまり現地で働いている日本人幹部は、そもそも高い水準にある人たちの目線に立った取り組みが求められるということが前提条件になる。

 

■エンゲージメントを高める最重要要因「成長の機会」の国別比較

次にエンゲージメントに影響が強い原因指標のうち「成長の機会」を取り上げる。

グラフは「自社における長期キャリア達成の見込みはありますか」という質問の回答率を国ごとに並べたもの。この中で「成長の機会」というのはアジアに限らずグローバルで共通してエンゲージメント向上の最重要指標とも言えるものだ。自分ががんばることで給与が上がり、新しいポジションなどキャリアアップへの期待度にもつながり、結果的にエンゲージメントが高まる。アジアに限っても、ベトナム、中国、インド、フィリピンなどは大変高い水準にある。

残念ながら、日本は「成長の機会」が一番低い水準にある。注意したいのは、日本企業にとってアジア地域への進出は他地域に比べて早く、当時そのまま持ち込んだ日本型雇用の仕組みを継続したままだと、現地人材の期待値とそぐわずエンゲージメントに悪影響を及ぼす可能性があることだ。国ごとに適切なチューニングを行っていくことが重要な観点となる。

 

■国ごとのエンゲージメントの傾向

次に、アジアに進出している日本企業に絞って分析してみる。

各国の日本企業現地法人の平均(赤色)を見ていくと、国全体の平均(ピンク色)とそこまで乖離しているわけではないことが今回明らかになった。必ずしも日本企業だからと言って、日本と同じように低くなっているわけではない。ただ一方で、個社ごとの数値(黄色)を見るとばらつきがある。非常に高い水準を形成できている日本企業もあるなど、日本での数値が低いからと言ってアジアでも低いわけではないことは、興味深い観点としてつかんでおく必要がある。また、アジア全体という議論にあまり意味はなく、やはり国ごとに見ていく必要があるということでもある。

日本企業が多く進出している国(中国、インド、インドネシア、ベトナム、フィリピン、タイ、シンガポール、マレーシア、韓国)については、国ごとの特徴を紹介しているのでスライドをダウンロードして参照いただきたい。

 

上記スライドはそのまとめになる。青色になっている箇所は現地法人が競争力があり、赤色は競争力がないということになる。個社ごとに違いはあるものの総じて言えるのは、「戦略・方向性」「リーダーシップ」「リソース」「教育・研修」については日本企業平均が国別平均を上回る一方で、「成長の機会」「報酬・福利厚生」「業績管理」「権限・裁量」については各国平均を下回る水準で共通的な課題となっているということだ。特にインド、シンガポール、フィリピンなど英語圏では、日本のやり方をそのまま持ち込むのは非常に難易度が高いことが見て取れる。

 

■アジアでエンゲージメントを向上させるための課題と対策

ここまでの定量分析をまとめると、日本企業がアジアでエンゲージメントを向上させるポイントが3つ浮かんでくる。

一つ目は市場成長可能性とエンゲージメント親和性の見極め。アジア各国のエンゲージメント水準は国・地域によって大きな差がある。ベトナム、タイのように日本企業が馴染みやすい国もあれば、インドやフィリピンのように普通にやると厳しい国が混在している。インドは人口も国も大規模で成長可能性の観点もあるが、そこでもう一歩踏み込んで、組織を作り、高いパフォーマンスを出していく際、その生産性や成長の難易度に影響を及ぼすエンゲージメントを高めるという観点を加味した上で、現地の組織・人事戦略が求められる。

二つ目はリーダーシップチームの多様性である。国別に濃淡はあるものの、「戦略・方向性」「リーダーシップ」の項目は日本企業平均が各国平均を上回っている国が多い。駐在員に依存したリーダーシップチーム構成は現地への安心感を生み出し、戦略方向性に対してポジティブではあるが、長期的には現地の自発性を妨げることがある。うまくフェーズに合わせ、多様性のあるリーダーシップチームを戦略的に計画していくことが大事になる。

三つ目は地域HR機能の高度化による外部競争力確保である。今回共通的に見られたのは、「成長の機会」「報酬・福利厚生」「業績管理」「権限・裁量」といった組織・人事周りの会社側の仕組については横断的に各国平均を下回っていること。アジア太平洋地域横断的に戦略的人事機能を強化し、旧来的な日本型雇用・人事制度のアップデートを行っていく必要がある。日本本社は働き方改革などの取り組みが進んでいるが、実は海外の現地法人の方が放置され、古い働き方のままの会社も多くみられる。市場の大きさだけでなく、親和性という観点、リーダーシップチームの多様性をフェーズに合わせて戦略的に変化させていくこと。そしてHR機能を横断的に高度化していくことが、短期的・中長期的に日本企業の各国現地法人のエンゲージメントをさらに高めていくために有効な方策ではなってくると思われる。

 

■Q&Aセッション

Q:エンゲージメントが高い国(中国、インドなど)について、その要因は?

分母が大きい中国やインドは、そもそも現地の外資系企業(日本企業も含む)に入る難易度が他の国より高く意欲が高い方も多い。人材の流動性も一定程度あるため、成果を出していかないと解雇されたり昇進できなかったりというのがある。そのため必然的にエンゲージメントが高くなるのではないか。

 

Q:人的資本開示におけるエンゲージメントスコアの有効な比較方法を教えてほしい。業種や戦略の違う他社と比較するのではなく、自社の同一部門における経年比較や事業内容の方が有効なのではないか。

経年比較は有効な方法だと言える。他社比較は、国を超えた事業部門同士の比較はあまり適切ではなく、国別平均のようなベンチマークは有効な方法だと考える。例えば日本平均を下回るということは日本で働いている社員の方にとって、隣の日本企業の芝が青く見えるという状態にあるので、それは離職という観点からも良くない。日本拠点なら、日本平均、中国なら中国平均と比較して、外部比較という意味で意味があると言える。事業部門の中で比較するのも有効だと思うが、国をまたがると色が変わるので、同じ国の中の事業部門の比較は有効である。

 

Q:日本国内の企業と海外の企業の差はエンゲージメントの高低か?

場所によってかなり変わってくる。日本企業の例で言うと、日本の本社、日本企業に所属している社員のエンゲージメントが一番低くて、海外の方が高いということがよくある。順番でいうと、本日紹介したアジア地域が一番高く、その次にアメリカ、ヨーロッパ、最後に日本や韓国という順番になることが多い。逆に外資系企業が世界展開をしている場合も日本平均は低く出がちである。日本国内が低いので、日本はどうなっているのかと外資系企業のHRの方にご相談いただくことがある。ロケーションによって違うのは、法規制、働き方、就業慣行が形成されているので、外資系企業であれば、日本国内で日本の法規制や働き方に従わなければいけないし、日本企業なら海外で人材の流動性が高いのでそれに合わせて調整するといったことだ。

 

Q:エンゲージメントと働きやすさは先行指標なので先に向上させるというのは分かるが、経営視点だと業績向上を先に目指さなければならない。適切かつバランスよくリターンを得ていくために、両者向上の具体的な順番は?

ここ数年の企業のベンチマークの動きを見ていると、働きやすさ、環境面の方に先に投資をするのは有効な方法だと思う。なぜなら、短期的、全体的に社員にメリットが作りやすいからである。逆にエンゲージメントでよくあるのが、企業理念やミッションビジョン、バリューをとにかく浸透させる会社もあるが、浸透すればエンゲージメントが高まるかというと必ずしもそうではない。ここ数年の変化を見ていると、社員を活かす環境から始めて、後にエンゲージメントをやる方が、単純な理念浸透活動よりは効果的かと思う。

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