【講演録】人的資本開示の盲点、製造現場のエンゲージメント

コーン・フェリーでは2023年7月5日に「人的資本開示の盲点、製造現場のエンゲージメント」と題するセミナーを実施しました(動画はこちら)。その講演録をご覧いただけます。セミナー内では時間の都合で回答しきれなかった質問にも回答しています。

 

コーン・フェリー・ジャパン シニア クライアント デイレクター 岡部 雅仁

 

日本の社員エンゲージメントを高めるための問題意識

岡部氏は日本の社員エンゲージメントを高める上での問題意識から始めた。

日本国内のエンゲージメント値が世界と比べて低いことは広く知られている。エンゲージメントを向上させるには組織に属する社員全体のエンゲージメントを高めることが求められるが、その際どういったバックグラウンドの人がその組織に属しているかでアプローチは変わってくる。日本国内の雇用の約半分は製造業も含めた現業職関連の職種が占めている。また、個別の製造業企業で見た場合、国内全社員の3割から半分以上が製造現場という企業もある。全体の社員エンゲージメント水準に大きな影響を持つ層にも関わらず、オフィス職への対策が優先され、製造現場に対する対策が不足しているのが実状である。

製造現場の対策も、コロナ禍を経て、大きく変化している。DXや製造業のモデル転換、昨今の国際情勢、円安も含め、これまでのように海外進出し、海外の安い賃金で工場や生産任務を作る時代ではなくなってきた。国内の設備投資にも意欲が高まっている。改めて、このタイミングで製造業の新しい形を作り、その中で製造業の現場の社員がエネルギー高く働ける環境を作ることを人的資本経営の一つとして考えることが求められている。

 

なぜエンゲージメントなのか

なぜ世界中で、エンゲージメントに関する取り組みが行われているかというと、企業業績との連動性が高いからだと岡部氏は言う。世界中でエンゲージメント調査を長く実施してきたコーン・フェリーでは、会社に対する長期的なロイヤリティや貢献意欲が醸成されているかを測る「社員エンゲージメント」と、適材適所や働きやすさで測る「社員を活かす環境」という枠組みで捉えている。そして、「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境の高い」会社と低い会社を比べると5年間の売り上げの伸び率、1株当たり純利益率は顕著な差がみられることがコーン・フェリーの調査から明らかになっている。より良い組織風土、高いエンゲージメントが企業業績にポジティブに影響を与えることは明確で、こうした取り組みが世界中で強化されてきているという。

 

日本の「社員エンゲージメント」「社員を活かす環境」の推移

推移を見ると、実はエンゲージメント値は上昇傾向にある。グラフの2021年(2021年中頃~2022年前半までの集計値)頃より好業績企業平均、世界平均、日本平均共に向上の傾向がみられる。日本平均は社員エンゲージメント、社員を活かす環境共に、全設問が2~4%向上し、全体の水準が共に3%向上している。トレンドとして、世界も日本もエンゲージメントを活かす環境が整ってきていることが見て取れる。

では、なぜ向上しているのか。「会社の経営陣・戦略、方向性、リーダーシップへの信頼感、品質・顧客志向、個人の尊重等は共通して向上しており、コロナ禍も落ち着き、何もなかったところに変化が起きたおかげで経営と社員の距離感は縮まっているため」と岡部氏は言う。

一方で、日本企業における「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」の分布を見ると、日本企業内のバラツキは大きく、更に拡がっていることが分かる。コロナ前より上の会社はさらに上がり、下の会社はさらに下がるという二極化の傾向が強くなっているのだ。コロナ禍で「社員を活かす環境」に力を入れた企業は、コロナ後もそうした活動を継続しているが、その場しのぎの対応しかしていない企業は元の状態に戻っているのである。全体として上がり調子ではあるので、社員エンゲージメントの定期調査や改善活動を始めていない会社は危機感を持つべきだと岡部氏は強調した。

 

日本の製造現場の課題

ここからは本セミナーの本題とも言える製造現場のエンゲージメントについて述べた。今回コーン・フェリーでは日本国内の大手製造業17社と現業職4.5万人のデータを分析した。まず「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」をグローバル、グローバルの現業職(主に製造業)、日本、日本の現業職で比較した。グローバル全体で見た場合、大きな差はなかった。一方で、日本国内の場合では、日本平均と現業職との間のスコアの開きが大きく、特に「社員を活かす環境」、つまり働きやすさの面での水準の低さは日本の製造現場固有だと言える。これは過去の成功体験が時代と共に古くなり、効果的な結果を出せない状態にある、と岡部氏は分析する。

中でも「社員エンゲージメント」の中の「継続勤務意向」が高い(5年以上)点は興味深く、グローバル・日本双方の共通した現業職の就業意識の特徴と言える。製造企業の社員は、特にロケーション、地元で家から近い職場で長く働きたいという傾向がみられる。それ以外の職場としての推奨、会社への誇り、会社による動機づけなどは、現業職は日本平均に比べ低めに出ている。

また、「社員を活かす環境」では、同じ傾向で日本現業職が低いスコアである。特に絶対値の水準で見ていくと、スキル・能力の活用ややりがい・興味のある業務機会はあるかという適所適材が実現されているかを示すような観点と、仕事の上で阻害要因はあるか、生産性の高い環境になっているかという働きやすい職場かをみている。二つの水準が、日本現業職は阻害要因、生産性の高い環境の方が3割にとどまっている。つまり3割の社員しか働きやすい環境だと感じていないのである。「この二つのスコアは大変低いので、生産性の高い職場環境の整備ややりがいの醸成が十分に引き出せていない現状が全体図から見て取れる」と岡部氏は指摘した。

 

日本の製造現場の会社間のバラツキ

全体で見ると製造現場は低めにスコアが出る傾向にあるが、同じ内容を個社別で分析してみると、製造現場の会社間のバラツキが見えてくる。対象全企業ではオフィス職の方が現業職の水準より高くなっているが、製造業以外の現場(例えば店舗や物流など)では、オフィスよりエンゲージメントや社員を活かす環境が高い場合もある。現場に近い社員ほど低くなるというわけではなく、工場なども含めた製造業が低くなりがちである。

では高い水準の企業とはどういった項目で高いのかという観点で見てみると、2~3年の見通しやタイムリーな意思決定、個人の尊重、リーダーシップに関連する経営の舵取りや社会的責任の実践、経営陣への信頼など、項目を見ると、会社が正しい方向に進んでいる、経営陣の判断やそこから発せられるメッセージに納得感があるなど、メッセージが製造現場の社員もきちんと感じられている会社は好スコア企業であった。つまり、上位企業は戦略・方向性やリーダーシップに対する項目が特に高く「会社が正しい方向に向かっている、やっていることに安心感があると実感できる」ことが上位と平均の差を生んでいるということになる。

 

同一企業内での工場間での比較の事例

では、同一企業の中で、例えば工場がたくさんある場合はどうなのか。同じくバラツキが出ており、現業職を“一括り”に捉えることはできないことが示唆される。同じ企業の中の工場間で上位工場と下位工場で差異が大きい設問を見てみると、職場の設備環境や要員の確保などのリソースや学習・成長の機会、リーダーシップなど、職場環境のリソースがどのくらい充実しているかが影響している。新しい工場より、老朽化した工場の方が人が集まりにくいとか、労働環境が良くないなど、職場環境のリソースの充実度は差異を生み出しやすいことが明確である。

こういった部分はすぐに変更できるものではない、と岡部氏は指摘する。しかし、同一工場内で、差異を生む組織が分かれていることがあるが、それを分析するとフィードバックがきちんとされているか、社員への配慮や多様性の尊重など、個人の尊重がされているか、成果を出せる組織体制のような仕事の進め方や工程などの業務プロセスも関係するし、それは現場のコミュニケーション、人間関係等のソフトな部分が、工場内でも差が生まれていることが共通なポイントとしてわかるという。

「特徴としては、リソース、設備、人不足という要素が、パソコン一つで仕事ができるオフィス職とは違い、影響度がより強いということ。その要素は工場で対応できる問題ではないので、製造業企業では、これを全社の問題、課題としてとらえ、上から構造的な課題と現場の課題として役割分担しながら対策していくことが必要です」。

 

製造現場のエンゲージメント向上のための課題と対策の方向性

岡部氏は、製造現場のエンゲージメント向上のための課題と対策の方向性についても提案した。

一つ目は、人的資本経営で”製造現場“をハイライトすることである。オフィス職だけでなく、製造業の主役である現場の社員の意欲喚起を目的とした経営陣からのメッセージや具体的施策が、製造業の人的資本経営のアジェンダとしては必要不可欠である。例えばリソース不足は現場だけでは対応できないので、本社の経営陣も関与して改善していくことが重要となる。

二つ目は、物理的リソース拡充への投資。グローバル平均、日本平均と比較したとき、社員を活かす環境が特に日本の現業職では低く、原因系指標で見た場合にも「リソース」に関連する項目が相対的に低い傾向がある。製造業に関わらず、日本全体の問題でもある人口減少、平均年齢の上昇は避けて通れないため、DXも含め、工場自体のやり方の変更、設備・リソースに対する投資強化が必須となる。

三つ目は、現場マネジャーのリーダーシップの開発支援。同じ工場でエンゲージメントの高い組織と低い組織を比較すると、違いを生み出す要素としては個別社員に対する仕事の指導や成長に対するフィードバックや個人・多様性の尊重といったマネジャーのピープルマネジメント力がある。製造現場のマネジャーに対しても、規律、管理、監督の要素がありながらも、エンゲージメントを高めるリーダーシップ開発を促す学びなおしやコーチングの機会もオフィス職の社員だけでなく、それ以上に支援が必要となる。

 

現業職の報酬水準の企業間差異について

補足として、働き手にとっての衛生要因である報酬についても述べた。製造現場は「コストセンター」的な位置づけになっている会社が多く、人件費を圧縮する傾向にあり報酬水準に対する見直しや、外部競争力確保についての議論が避けられている実態がある、と岡部氏は指摘する。これからは人が動く時代でもあり、もし報酬水準が市場水準に対して劣っているのであれば、現場からは声を上げにくいテーマでもあるので、本社が関与し積極的に取り組むべき領域となる。

 

現業職のエンゲージメント向上活動を見直すための問い

最後に、岡部氏は経営・人事として現場のエンゲージメントを向上させるための3つの問いを提示して、説明を締めくくった。

 

QAセッション

Q1: エンゲージメントレベルを5つの項目に分けて分析しているとのことだが、これは5つの設問から計測しているのか?

岡部氏:

はい、5つの項目を大きく帰属意識のものと自発性のものに分けて、各カテゴリーを2,3問の設問で計測している。

 

Q2: 製造現場の社員は工場に出社しなければならないので働き方の柔軟性というのが難しいが、製造現場のエンゲージメントへのアプローチを教えてほしい。

岡部氏:

これは最近とても目立つ問題になってきています。オフィスワーカーの方の働き方の柔軟性が高まっているのに対し、工場の方は毎日出社しなければならない。特効薬と言えるものはないが、もう少し手前の部分で工場現場の方は困っていることがあるように見られる。例えば、夏場のエアコンの空調が悪くて暑すぎるとか、自分の工程の二つ前の機械が壊れてそのままになっており生産性を上げようがないとか、環境面に対する問題がまだまだあるのではないか。それが整う前に、いきなりエンゲージメントを上げようというコミュニケーションはむしろ逆効果で、環境面でまだまだ不足している部分を改善し、現場を働きやすくすることから始めるのがいいのではないか。

 

Q3: オフィスワーカーの柔軟性と工場現場との差が出てしまいマイナス要因になっているが、どのように対処すればよいか。

岡部氏:

製造現場側にきちんと環境整備への投資をもっと強化していくと共に、各社によって考え方の違いはあるが、やはり本来なら主役である製造現場のエンゲージメントが高いということは、あってしかるべきこと。それに対する重要度、位置づけというものを全社の経営者の中で議論としてあげ、少しこれまでとは違うレベル感で環境整備をしていくことが大事だ。

 

Q4: 製造工場で人事を担当しているが、エンゲージメントが他部門より低いのが課題。低かったエンゲージメントが向上した事例はあるか?

岡部氏:

もともと困ったことに対して、きちんと手を打って工場単位でよくなっているケースがある。例えば、現場の製造業のマネジャーの方でこれまでピープルマネジメント研修など行われてこなかったが、その工場出身の方がご自身で工場用に企画された会社の成り立ちや現場のリーダーに求めることは何か等の研修をしたら、その工場が良くなった事例。逆に、古いまま残っているものを止めたら良くなったというケースもある。工場現場だと古い指導の仕方や、やり方、納期を守るために人間性を否定してしまうような指導がまかり通っているケースがあったりするが、ある会社がそれを工場全体で止めたら、翌年、その工場のスコアが良くなり、生産性が下がることもなかった。このような小さい上乗せの施策や、意外に古いまま残っていて、今の時代に合わないものをやめることで、エンゲージメントは向上する。

 

Q5: 製造現場でのエンゲージメントを向上させるためには、工場の不備を見直すなどまずできるところからとのお話でしたが、投資が難しい場合、他にどのような施策がある?

岡部氏:

設備や環境面への投資・改善が難しい場合、着目すべきは組織内のコミュニケーションの改善。同じ工場の中でも個人の尊重やコミュニケーションの優劣によって差が生まれていることが多いので、特に上司部下のコミュニケーションの質を改善させることは効果が期待できる。

 

Q6: 製造現場のエンゲージメント対策にあった物理的リソースというのは具体的に何を指している?

岡部氏:

「仕事を効果的に進めるためのヒト、モノ、カネ、情報は十分か?」という観点で、具体的には職場の人員数、適切な情報開示、設備も含めた生産性の高い職場環境等を指している。

 

Q7: 日本の製造現場全体で見た場合、コーン・フェリーのエンゲージメント調査の中でエンゲージメント向上と相関性の高い項目(35)を教えてください。

岡部氏:

「業務プロセス・組織体制」「成長の機会」「個人の尊重」「リーダーシップ」の項目がエンゲージメント向上と高相関となる。

 

Q8: 報酬額がエンゲージメントに影響することは理解したが、報酬の社内格差はエンゲージメントに影響しているのか?

岡部氏:

報酬・福利厚生は「不足している」と認知されるとエンゲージメントを下げる衛生要因なので、報酬の社内格差が認知された場合もエンゲージメントを低下させる要因となりうる。

 

Q9: 今回の製造業分析の中で、「リソース」と「リーダーシップ」の関係について、何かお気づきのことがあれば教えてほしい。

岡部氏:

リソース(ヒト・モノ・カネ)へのアプローチは予算も含めた上位決裁権を持つ方の支援なしに改善することは難しいことが多いため、相対的にリソースの高い企業はやはりリーダーシップも高い、すなわちそういった領域に対する投資や活動を経営陣が行っているというような傾向が見られる。

 

Q10: グローバルの現業職と日本の現業職の働き方にそんなに大きな違いが果たしてあるのか。それとも働き方自体は違わないが、日本の現業職の方の「認知」の問題なのか。そのあたり考察があれば教えて頂きたい。

岡部氏:

グローバルと日本との差分も大きいが、日本企業の現業職の個社間での差分も同じぐらい、もしくはそれ以上に大きい傾向が見られる。よって、国民性のような観点の前に、個別の会社の働きがい・働きやすさには目には見えないもの、相応の違いがあると考えるのが妥当かと考える。

 

Q11: 調査の手法に関して、現業の方もオンラインで回答されたのか? 自社はパソコンはおろか、タブレットもひとり1台支給ではないのでサーベイ自体、敷居が高いのだが。

岡部氏:

会社共有のPC利用、調査期間中の臨時のタブレットの設置、通信料会社負担の上での個人携帯利用などにより、現業の方もオンラインで実施している。

 

Q12: エンゲージメントサーベイと退職との関係性はあるか?

岡部氏:

エンゲージメントの高い社員は会社への帰属意識も高い状態なので、一般的に離職率は下がる。

 

 

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