新常態の人材育成~戦略シナリオで考える 第1回:間近な変化の意味を、全体の変化から捉える

「遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり」

江戸時代の傑出した剣術家、兵法家である宮本武蔵の言葉です。目先の動きだけに捉われるのでなく、総体として何が起こっているのかを感じ取り、間近な変化の意味を全体の変化から捉えよ、との意味です。

COVID-19を契機に、世界は大きく変わっています。企業はいわゆる新常態(ニュー・ノーマル)に対応していかねばならず、企業の人事や組織、そして人材育成も、変化に応じて変わる必要があると考えられます。

新常態に適切に対応するために、人材育成はどのように変化すべきであり、変化を実現するには何をすればよいのでしょうか。カギは、武蔵の言葉のように、間近な変化の意味を全体の変化から捉えることです。

我々が目の当たりにしている間近な変化について考えてみましょう。世界中でテレワークが急激に浸透しています。2020年4月に行ったコーン・フェリーのグローバル調査によれば、テレワークで働く労働者は金融で88%、テクノロジーで86%、ライフサイエンスで67%、製造で50%と多くの業種で過半となっており、世界の各企業は現在対処すべき最優先課題の一つとしてテレワーク労働環境の整備を挙げています[i]。COVID-19前にテレワークを導入するまでの技術インフラは既に整っていましたが、COVID-19をきっかけに急速に拡大しました。テレワークの拡大過程で、多様な利用者の間で有効な活用方法が開発され、また時間や空間の制約を減らして仕事ができるというメリットが広く認識されることで、拡大の流れは不可逆なものになりました。

では、テレワークを可能にしたような技術は将来どのような方向に向かい、人事や組織にどのような影響を与え、将来の人材育成の姿はどのようになっていくのでしょうか。

我が国の変化として、いわゆるジョブ型(職務型)に代表される雇用関係が浸透しつつあります。、我が国の大企業の7 割が職務型人事制度を導入、あるいは検討をスタートさせており[ii]、我が国の人事制度は職能型から職務型へと変化が加速しています。COVID-19に伴いリモートでの就労環境が大きく増えたことで、職務を明確に定義したうえでその出来ばえを客観的にとらえて、評価を行う必要性が高まっています。また、より多様な労働力や働き方に応じた態勢を整えていくことも企業には求められています。COVID-19以前から年功序列の打破を目的に増えていたジョブ型の浸透が更に加速していく状況になっています。

では、ジョブ型の浸透も含め、将来の雇用関係はどのようになっていくのでしょうか。そこにはどのような政治的、経済的な背景が考えられるでしょうか。これらを踏まえてみると、将来はどのような人事や組織、そして人材育成が求められるのでしょうか。

従業員の意識も変化しています。従業員のエンゲージメント、つまり従業員個人と組織の相互の愛着度が注目されています。コーン・フェリーの調査によれば、従業員のエンゲージメントが高い組織においては、そうでない組織と比較して顧客満足度は12%、生産性は18%も高い一方、退職率は40%低くなることが分かっています[iii]。COVID-19下では様々な形で困難が生じています。航空や旅客運輸、外食では、事業継続に支障をきたす需要減が起こっています。医療や小売・配送では、現場でのリスクにさらされつつも業務が急増しています。未曽有の事態を乗り切るためには、エンゲージメントの高さが肝要になります。

では、従業員、あるいは社会の価値観は将来どのように変化していくのでしょうか。そうした社会に対応するために、あるべき人材育成とはどんなものになるのでしょうか。

ここで、宮本武蔵の言葉をもう一度思い起こしてみましょう。いま我々が直面している様々な間近の変化の本質、大きな全体の変化とは何なのでしょうか。

将来を考える際、現状を分析してその延長線上で予測を行う方法を「フォアキャスト」(現状延長思考)と呼びます。これは予測可能性の高い間近な将来を考える場合には役に立ちます。しかし、新常態への対応を考えねばならない現在のように、不確実性が高い状況では限界があります。

戦略シナリオにおいては、「バックキャスト」(未来逆算思考)と呼ばれる方法を活用します。将来が見通しにくい不確実な状況において、まずは中長期の視点に立って将来考えられる姿を捉えた上で、そこから逆算して何が起こるか、何を行うべきかを考え抜くのです。まさに、武蔵の言葉「遠き所を近く見、近き所を遠く見ること」を実践するのです。

全3回のこの連載を通じて、バックキャストを行うために、どのように考えていけばよいかをご紹介します。次回は、戦略シナリオの考え方に基づいた人材育成の実践手法について具体的にお伝えしていきます。

 

[i] Korn Ferry, IMPACT OF COVID-19, All Industries, Apr. 2020.

[ii] コーン・フェリー・ジャパン, ジョブ型(職務型)人事制度の導入実態調査, 2020年.

[iii] Korn Ferry, WINNING WITH ENTHUSIASM, Whitepaper, 2019.

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