jp
Skip to main content
戦略の立案では、それぞれのシナリオに対応する戦略オプションをもとに、各シナリオの出現に対応できるような、柔軟で理にかなった戦略案にまとめます。ポイントは、あらゆるシナリオ、特に起こってほしくない「痛いシナリオ」を十分想定することです。
戦略シナリオの成功例として頻繁に上げられるのが、1970年代の石油危機を乗り越え、石油メジャーの中で地位を大きく向上させたロイヤル・ダッチ・シェル(以下シェル)です。シェルはシナリオチームを立ち上げ、中東の産油国が、当時は欧米先進国が支配していた生産量の決定権を奪う可能性を見出し、原油供給が不確実となる石油危機シナリオを想定ました。これが現実となった時シェルは競合より俊敏な対応を行いました。当時隆盛を謳歌していたメジャーにとって、石油危機とは痛いシナリオでした。
ここで、人材育成戦略の立案を想定し、例として経営者の計画的育成について考えてみましょう。コーン・フェリーのグローバル調査によれば、日本企業を所有する投資家の80%が、将来に耐えうる経営人材が社内に不足していると感じています[1]。経営者が従来の組織構造とマネジメント手法に依存するだけでは新常態に対応することは困難です。またコーン・フェリーが日本で行った調査によれば、53%の企業は社外取締役から経営人材育成の要請を受けています[2]。
ビジョンと目的を明確に示し、社員からの厚い信頼を獲得し、激しい変化に俊敏に対応していける経営者を計画的に輩出していくことが企業には求められます。そのような経営者の姿とは、各シナリオではどのようなものでしょうか。中でも「痛いシナリオ」では、現在とかなり異なる姿が求められるのでしょうか。様々なシナリオを想定すると、どのような人材育成戦略が必要なのでしょうか。人事部門は経営者を計画的に選抜し育成する説明責任を負います。シナリオを踏まえ、新常態において求められる経営者をいかに計画的に育成していくかの統合的な戦略が必要となります。
次に、戦略の実行では、鮮明なシナリオを共有し、関係者に将来に起こりうる姿を認識してもらい、周囲を巻き込み俊敏に対応します。ポイントは立案した戦略を「絵に描いた餅」に終わらせず、自部門に留まらない組織的な動きを創り出すことです。
前述のシェルのシナリオチームは、生産部門の危機感を煽ることができました。原油不足に対応する精製設備が計画され、石油危機時に俊敏に行動し石油供給を確保したのです。一方、同じ社内でも海上輸送部門の巻き込みは不十分で、危機後も従前の計画を変えず需要を大幅に上回るタンカーを建造したため、収益に大きな影響を及ぼしてしまいました。
例えば、人材育成戦略としてリーダーの創出と育成について考えてみます。新常態に対応し組織の力を最大化させるためには、リーダーがメンバーの力を十分に引き出す組織風土を創り出すことが求められます。コーン・フェリーが実施しているリーダーシップ・スタイル診断の結果は、リーダーの行動がチームの組織風土の70%を規定することを示しています[3]。コーン・フェリーの調査によれば、合意とコミットメントを通じ新たなアイデアを生み出す民主型や、中長期の方向性を示すビジョン型、他者の能力開発に時間をかけ取り組む育成型、信頼や調和を構築する関係重視型といったスタイルが革新の風土を支えます[4]。新常態ではリーダーが細かく指示命令を行ったり、過去の成功の手本を見せたりするだけでは目まぐるしい革新についていけないでしょう。
では、上述のような課題意識を基に人材育成の戦略シナリオを立案したとして、これまでの手法で成果を挙げてきた各部門を、どのように説得し巻き込むとよいでしょうか。彼らの危機感はどれほどで、説得に資する関心事、悩み、利害はどこにあるでしょうか。また人材育成戦略とは、言うまでもなく経営に資する戦略ですから、採用、配置、評価など一連の人事・組織戦略や、経営戦略との一貫性を持った動きを創り出すことも必要です。
また、人は変わることが難しく、変革の大きな妨げになります。コーン・フェリーのグローバル調査によれば、企業の役員の84%は、挑戦的な戦略を実行するための社員のスキルと能力が不十分と考えています[5]。人が変わるためには、絶え間ない働きかけと一貫した支援が必要です。そのために、人が目指す姿に到達する過程を、ラーニング・ジャーニー(学びの旅路)として捉え、様々な施策を組み合わせて綿密に設計し着実に実行することが行動変容の実現に繋がります。研修やアセスメント、コーチングなどの育成施策を単独で行うのでなく、ラーニング・ジャーニーとして一貫性を持たせ実施することで大きな効果を生みます。紙面の関係でラーニング・ジャーニーの詳論は別の機会に譲りますが、こうした観点を踏まえた戦略の実行も重要になります。
本連載では、まず大きな変化をバックキャストの手法で捉えることの重要性を示し、そのための手法である戦略シナリオの考え方を活用して将来の原動力を捉え、シナリオを作成し、人材育成戦略を立案し実行することで変革を実現していくことを考えてきました。人という価値創造の源泉を預かる方々が、新常態の人材育成戦略を主導し、企業変革の中核となって貴社を成功に導くことを願って筆をおきます。
[1] Korn Ferry Institute, Self-disruptive Leader, 2019.
[2] コーン・フェリー・ジャパン, 経営者育成とサクセッションの進化ステージに関する調査, 2020.
[3] Korn Ferry, Leaders are grown, not born, 2019.
[4] Korn Ferry Institute, Creating a Climate for Innovation using Leadership Styles and Organizational Climate, 2018
[5] Korn Ferry, BUILDING LEADERS TO GET AHEAD OF DIGITAL DISRUPTION, Fact Sheet, 2020.