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Skip to main contentあなたが気づいていなくても、あなたの職場にはニューロダイバーシティ(神経多様性)の特性をもつ人がいるかもしれません。
ニューロダイバーシティの特性をもつ人々は、人種、性別、年齢、性的指向を問わず、全人口のおよそ20%を占めています。しかし、これほど多く存在しているにもかかわらず、ニューロダイバースな人材は、十分で意義ある雇用機会を得るうえで多くの障壁に直面しています。たとえば米国では、神経系に特性のある人々(ニューロダイバーシティを含む)における2018年時点の就業率は、学歴に関係なく約29%にとどまっており、ニューロダイバースな人材は、職場において最も代表性が低いグループの一つとなっています。
そもそも「ニューロダイバーシティ」という言葉自体、まだ広く知られているとは言えません。ニューロダイバーシティとは、本来「問題」や「障害」として捉えるものではなく、神経構造や結びつき、働き方の違いによって、人それぞれが世界をどう見て、感じ、経験するかが異なるということを意味しています。それはつまり、遺伝子とその発現の違い――たとえば「身長の高さを決める要因」と同じようなものであり、人間として自然なバリエーションの一つなのです。
このようなニューロダイバーシティこそが、変化の激しい現代において、企業が成長し続けるための「知られざるスーパーパワー」になり得るかもしれません。実際、多くの企業がニューロダイバースな人材の採用を優先事項として掲げ、イノベーションの加速、コミュニケーションの質の向上、心理的安全性の醸成といった恩恵を受けています。組織がニューロダイバーシティを支援するということは、世界の見え方や問題の捉え方、そしてその解決策までもが異なる人々に、違いをもって貢献する機会の扉を開くことを意味します。
ニューロダイバーシティ運動の歩み:基礎から学ぶその背景と広がり
ニューロダイバーシティ運動とは、自閉スペクトラム症をはじめとするニューロダイバースな人々の市民権、平等、尊重、そして社会への完全な包摂を求める、社会正義を掲げたムーブメントです。この運動はもともと、自閉スペクトラム症の権利擁護運動の中から生まれましたが、現在では別の方向へと発展しています。自閉スペクトラム症の権利運動が当事者(自閉スペクトラム症の人々)に焦点を当てているのに対し、ニューロダイバーシティ運動は、あらゆる神経学的マイノリティ(ニューロ・マイノリティ)を含めた、より包括的なアプローチをとっています。こうした動きは今や世界的に広がりを見せており、ニューロダイバーシティ運動と自閉スペクトラム症の権利運動の両方が、共通のシンボルとして「レインボー・インフィニティ(虹色の無限大記号)」を使用するようになっています。
さまざまな「違い」を称える
ニューロダイバーシティ運動は、組織や社会におけるダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、合理的配慮の推進を支える重要な柱の一つです。
他の多様性推進の取り組みと同様に、ニューロダイバースな人材を意図的に採用し、働きやすい環境を整えてきた企業の多くが、その恩恵を広く受けており、業績面にも好影響をもたらしていることが分かっています。同時にこの運動は、ニューロダイバースな人材を見過ごすことで、組織が大きな可能性を取りこぼしているという現実にも光を当てています。
「ニューロダイバーシティ」という言葉は、もともと非常に広い意味をもつ概念です。遺伝子の発現の仕方には無数のバリエーションがあり、「一般的」とされる枠組みから逸脱すること自体、決して特別なことではありません。とはいえ、通常この言葉は、医学的に定義された一連の特性を指す文脈で使われることが多く、代表的なものとしては、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、読字障害(ディスレクシア)、算数障害(ディスカルキュリア)、書字障害(ディスグラフィア)、強迫性障害(OCD)などが挙げられます。また、より広い文脈では、パーソナリティ障害や社会不安障害といった、神経学的な関連をもつ他の臨床的な特性も含めて「ニューロダイバーシティ」と呼ばれることもあります。
ニューロダイバーシティ運動では、多くの障害者運動と同様に、その違いによって仕事や社会に対して実行、参加、貢献ができないこととイコールではないと提唱しています。この運動の目標は、ニューロダイバーシティの人々を私たちの文化やコミュニティの一部として受け入れ、サポートする構造を提供し、個人の貴重な特性や強みを賛美することにあります。
ニューロダイバーシティは、単に“思考の多様性”を意味しているのではありません。ニューロダイバース人材は異なる考え方をするかもしれませんが、ニューロダイバーシティを知ることは、人々の脳の構造、接続性、機能の違いが自然なものであることを理解することです。ニューロダイバーシティはユニークで非常に個人的なものであり、ニューロダイバーシティを高いレベルで理解しても、ニューロダイバーシティの経験に内在する個性を表現できることにはなりません。
ニューロダイバーシティ:知られざるスーパーパワー
SAPは、ニューロダイバーシティ・プログラムを導入し、大きな成果を上げている代表な企業です。EYやP&Gもまた、近年ニューロダイバースな人材の採用と支援を重視している企業として知られています。
Bank of Americaは、新たな人材の採用だけでなく、すでに組織内で働いているニューロダイバースな人材を認識し、継続的に支援していくことの重要性を強調しています。ディスレクシアの有病率だけを見ても、ニューロダイバースな人材がすでに多くの組織に存在している可能性は極めて高いと言えるでしょう。ニューロダイバーシティ・プログラムにはさまざまな利点がありますが、特に注目すべきは、組織やリーダーが、人材一人ひとりが最大限に能力を発揮できるような環境づくりを促される点です。こうした取り組みは、単に新たな人材を迎えることにとどまらず、すべての従業員が自分らしさを大切にしながら働き、最良のパフォーマンスを発揮できる職場づくりへとつながっています。
たとえば、JPMorgan Chaseの「Autism at Work」プログラムに参加している従業員は、同僚と比較して48%も処理速度が速く、最大で92%も生産性が高いと報告されています。その背景には、視覚的認識力の高さ、集中力、細部への注意力といった特性があると考えられています。さらに、こうしたプログラムは、組織全体にさまざまな波及効果をもたらします。たとえば、コミュニケーションの改善や、帰属意識、公平性、心理的安全性の醸成といった効果は、ニューロダイバースな従業員だけでなく、組織全体にとっても大きな価値となって表れています。
ニューロダイバースな人材が直面する構造的な障壁と職場での差別
自閉スペクトラム症に該当する人は人口の約1%、ADHDは最大2%、ディスレクシアは最大20%にのぼると推定されています。ただし、こうした特性の有病率を正確に把握することは、未申告や診断におけるバイアスなど、さまざまな要因によって困難です。それでもなお、これらの推定値は、神経多様性が社会に広く存在しているという現実を理解するための重要な手がかりとなります。
このようにニューロダイバーシティが一定の割合で存在しているにもかかわらず、職場においては依然として十分に認知されず、過小評価・過少代表されているのが実情です。ニューロダイバースな人々は、職場においてさまざまな障壁や差別に直面することが多く、特に高い失業率・不完全雇用・過度な懲戒処分が課題となっています。
こうした不利な状況は、必ずしも能力や業績によるものではなく、むしろ「文化的なフィット感の欠如」や「社会的規範への適応の不足」といった、主観的な印象によって引き起こされていると、ニューロダイバーシティの支援者たちは指摘しています。実際に、正規雇用されている場合でも、ニューロダイバースな成人の平均年収は、障害のないとされる成人よりも大幅に低いという調査結果もあります。
また、ニューロダイバースな人々の行動は、いわゆる「優秀な社員」に求められる典型的な資質――たとえば感情的知性、社交性、説得力、コミュニケーション能力、ネットワーク形成スキルなど――とは異なることがあります。たとえばADHDをもつ成人は、注意散漫、過集中、時間や書類管理の困難など、行動上の問題と受け取られることにより、懲戒処分を受ける可能性が18倍高く、解雇される可能性も60%高いと報告されています。また、自閉スペクトラム症のある人々の中には、面接の場面で特に大きな困難を抱えるケースもあります。たとえば、自分の弱みを率直に話してしまう、話が脱線しがち、目を合わせないなどの特性が、評価に不利に働くことがあります。多くの大手企業の採用担当者は、服装、外見、振る舞いなどについて社会的規範に従うことを期待しており、これは他の多様な人材が直面する採用バイアスとも共通する課題です。
社会の中で繰り返し強化されてきた「普通」「標準」とされる行動規範は、ニューロダイバースな人々に、自らの違いを隠す“マスキング(masking)”という対応を取らせることがあります。つまり、ニューロティピカル(神経学的に一般的とされる)な振る舞いを模倣し、周囲に合わせようとする行動です。たとえば、会話中に無理に目を合わせる、身ぶりや表情を真似る、感覚過敏を我慢する、会話を事前にリハーサルする、台本のように発言を準備する、無意識の身体の動きを抑える(例:机の下で脚を揺らすのを止める)といった行動が挙げられます。こうしたマスキングが行われる背景には、ニューロダイバーシティが十分に理解・受容されていない現状があります。ニューロダイバースな人々は、安心感を得るため、スティグマ(偏見)を避けるため、職場で“カミングアウト”せずにいられるため、そして「仲間である」と感じるために、マスキングを選ばざるを得ないことがあるのです。しかし、マスキングには非常に大きな心身のエネルギーが必要です。それは、常に自分を観察し、感情や行動を制御することを求められる、持続的な自己認識と自己抑制の連続であり、認知的・感情的リソースを大量に消費します。本来、目標の達成や創造的な活動に使われるべきエネルギーが、「自分らしさを隠すこと」に使われてしまうのです。その結果、ストレスや不安の増大(Cage & Troxell-Whitman, 2019)、うつ状態(Cage, Di Monaco, & Newell, 2018)、診断の遅れ(Bargiela, Steward, & Mandy, 2016)、燃え尽き(Raymaker et al., 2020)、自殺念慮のリスク増加(Cassidy et al., 2020)といった深刻な影響も報告されています。
こうした状況に対し、ニューロダイバースな人々の職場におけるアクセシビリティとインクルージョンの改善に向けた取り組みが、国際的にも進められています。たとえば国連(United Nations)は、2015年に策定された持続可能な開発目標(SDGs)の中で、「障害のある人々を含むすべての人の雇用の保障」を明確に位置づけました。また、121の国々が、障害のあるすべての人々の教育、雇用、人権を保護する法律を整備しています。さらに1992年には、障害者の権利と幸福の促進を目的とした「国際障害者デー」が国連によって創設され、世界中で継続的な発信と取り組みが行われています。
インクルーシブ・デザインは、すべての人が担い手となる取り組み——基盤から築くことが鍵
他の多くのDE&I施策と同様に、どれほど志が高くても、それだけでは本質的な変化は生まれません。組織やその中で働く人々が変化を起こすには、実行力あるインクルーシブなリーダーのもと、組織の人材戦略やビジネス優先事項と結びついた取り組みが必要です。実際、ニューロダイバースな人材の採用・育成に成功している企業は、こうした構造に裏打ちされたアプローチをとっています。
なかでも重要なのは、「行動面でのインクルージョン」と「構造面でのインクルージョン」の両面から取り組むことです。具体的には、インクルーシブなマインドセット、スキル、関係性といった行動的側面と、公正で透明性のある制度・プロセス・慣行といった構造的側面の両方を整備することで、公正な職場づくりを実現し、それが結果的にパフォーマンスを高め、成果を生み出すことが、コーン・フェリーのリサーチでも示されています。
候補者がニューロダイバースであるかどうかは、必ずしも事前に分かるとは限りません。当事者には、自らの特性を開示するかどうかを選ぶ権利があり、それは尊重されるべきものです。だからこそ、あらかじめ誰かの申告を前提とせずとも機能する仕組みづくりが求められます。つまり、ニューロダイバースな人が「サポートを求める必要のない」状態をつくること――本人が要望しなくても、必要なツールや支援がすでに整っている環境を用意することが、真のインクルーシブ・デザインなのです。こうした設計によって、ニューロダイバースな人材を支える構造や実践は、結果として誰にとっても働きやすいものへと進化していきます。
実際に提供される配慮の数々は、ニューロダイバースな人々に限らず、すべての従業員にとって持続可能な働き方を支える要素になります。たとえば片頭痛を抱える人は、自閉スペクトラム症のある人に提供される感覚刺激への配慮(照明の明るさの調整や間接照明など)と同様の支援から恩恵を受けられます。また、明確なコミュニケーションや心理的安全性といった要素は、誰にとっても有益であり、マネジメントの質を高め、包摂性や共感を育む効果があるとされています。こうした合理的配慮は、他の支援と同様に、学業や社会的な障壁を抱える人々にとっての「成功の格差」を埋めることにもつながるのです。
ニューロダイバーシティの推進も、まずは構造から始めることが必要です。
ニューロダイバーシティは「流行り言葉」ではない
たとえば誰かが、言葉につまったときに「ちょっとディスレクシアっぽい」とか、気分が変わりやすいことを「軽く双極性っぽい」といったふうに口にしているのを聞いたことはないでしょうか。
こうした言葉は、非常に有害です。なぜなら、ニューロダイバースな人々の経験の重みを軽んじるだけでなく、それを揶揄するような形で社会から孤立させる力を持っているからです。
本当にインクルーシブな職場をつくっていくためには、日常的な言葉の使い方にこそ心を配り、敬意をもって接することが欠かせません。もし、誰かがこうした不適切な言葉を使っていたら、その行動をやさしく、しかし正面から指摘し、なぜその表現がニューロダイバースな人々にとって有害なのかを伝え、DE&Iに関するリソースを通じて理解を促すことが大切です。