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Skip to main contentコーン・フェリーでは2025年7月3日に「製造業の“人的資本経営の要” 製造現場の従業員エンゲージメントの課題と対策」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。動画は< https://vimeo.com/1098403030/e2e31115f1 >でご覧いただけます。
コーン・フェリー アソシエイト クライアント パートナー 岡部 雅仁
■製造現場のエンゲージメント最新動向
人的資本経営の取り組みが進展して数年。多くの日本企業では従業員エンゲージメントの向上を注力指標の一つに据えている。その中でも雇用規模の大きい製造業にとって重要なテーマが「いかに製造現場社員のエンゲージメントを高めていくか」。本セミナーではデータを示しながら、製造現場の従業員エンゲージメントの現在地、また今後の生産年齢人口の急減も見据えて、生産現場の高付加価値化と従業員エンゲージメント向上をどのように両立させていくかを考察した。
コーン・フェリーでは、働きがいである「社員エンゲージメント」(Engagement)と働きやすさである「社員を活かす環境」(Enablement)の2つの指標を測定している。日本で実施したエンゲージメント調査のうち、現業職を対象にした24社10.8人分のデータを抽出し、昨年の結果と比較したのが図1だ。棒グラフ右側のグレーが昨年の結果で、色がついている左側が今年の結果。日本平均が横ばいにある中で、「社員を活かす環境」の日本現業職平均はわずかながら改善していることが見て取れる。ここ2~3年でボトムアップでの改善活動が進行し、一定の成果をあげていることを表している。
▼図1:製造現場における社員エンゲージメントと社員を活かす環境の昨年比
より細かく原因カテゴリと個別設問を見ても、同じような傾向が見て取れる(図2)。スコアの改善幅を高いものからカテゴリ別に並べると、「教育・研修」「報酬・福利厚生」「リーダーシップ」が上位に来る。個別設問で見ても、「経営の舵取り」「報酬の外部競争力」「2~3年の見通し」が6ポイント改善している。これらは経営陣への信頼を表しており、長きにわたり手つかずのところに施策を打ったことで、ポジティブな効果が得られたと言える。
▼図2:製造現場における原因カテゴリと個別設問の改善幅
■取り組みを行う企業とそうでない企業の差が開きつつある
ここからは個社ごとの動きを見る。図3では濃い緑の丸が今年の水準、グレーの丸が前回水準(1~1.5年前)を表している。すると、改善策を行ったことで大きく数値を上昇させている企業があるのが分かる。また絶対値の濃い緑を見ると、縦軸の「社員を活かす環境」が上位の会社と下位の会社の差が20ポイントと大きい。対策を行っている企業とそうでない企業の差が開きつつあると言える。
▼図3:個社別の現職者水準の変化
次は、原因系のばらつきと結果指標の動きを見る。横軸にカテゴリとして「社員エンゲージメント」「社員を活かす環境」「戦略・方向性」など2つの結果指標と12の原因系指標を並べている。縦軸に各社の製造業現場の水準をプロットした。左からばらつきが大きいもの、つまり標準偏差が大きいものとなる。日本企業の中でも「戦略・方向性」「リーダーシップ」「業務プロセス・組織体制」というのが特にばらつきが大きいカテゴリだ。その次の「品質・顧客志向」は全体的にスコアが高く、ばらつきもあるというのは、製造現場ならではの特徴と言える。
▼図4 個社間の原因系カテゴリのばらつき
■成果をあげた各社のエンゲージメント向上活動
この1年ほどで数値が向上した企業の取り組みの一例を紹介したい。
「教育・研修」に関しては、技能系社員に対して職務内容やキャリアパスが古いままになっていたケースが多いため、最新のものへと随時更新していくというサイクルを定着させる企業がある。学びについても、現場でのOJTだけでなく、DXやAIを絡めながら学習コンテンツや技能の習得方法を多様化させた取り組みが目立った。さらに技能者のスキルや技能の習得状況をデータで可視化し、要員管理および適所適材という意味でも精緻に行う企業が増えている。
「報酬・福利厚生」では、何よりも物価高騰への対処が求められ、金銭的、非金銭的にできることに取り組もうという姿勢が見られた。具体的には、地域内の競合を意識した外部競争力のある報酬水準への調整や、工場内の衛生環境、食堂、住宅、休暇の改善活動といったもの。それに加え、健康経営の文脈とも合わせる形で、物理的にも心理的にも健康でいられるように配慮するプログラムが拡充されている。
このように人事や職場単位でできるボトムアップの活動というのは徐々に積み上がってきている。一方で、会社全体の方向性やリーダーシップ、革新的な仕事の進め方、製造プロセスの改善などは、企業ごとの取り組みの差が大きい。特に生産体制の変革を進めたいと考える企業は多いが、こういった話はトップダウンで経営も関与しないとなかなか進展しない。つまり、改善活動は短期と長期、ボトムアップとトップダウンの両輪で推進していくことが必要となる。
■日本の製造業が直面するメガトレンド
トップダウンの活動を検討するにあたり、これからの日本の製造業が直面するメガトレンドを2つ挙げたい。
1つ目は労働人口の減少だ。これについては様々な予測があるが、今後25年ほどで労働人口が3割減少すると試算されている。製造業は人手不足が深刻化することが予想され、いかに働き手を確保していくかが喫緊の課題となるだろう。これまでのように若い人を採用し、育てながらリタイアするまで働いてもらうというモデルは通用しなくなる。となると、例えば機械による自動化を進めるほか、女性や高齢者や外国人など採用する母集団の間口を広げることも必要になってくる。勤務形態、雇用形態、雇用地域に柔軟性を持たせて、無理なく働き続けてもらえるような環境を整備していくなど、入社から活躍までのモデルを再設計する抜本的な変化が求められる。
もう1つのメガトレンドが働き方改革だ。フルタイムの正社員が繁忙期には残業して乗り切るということができなくなっている。同一労働同一賃金により、同じ仕事をしているのに勤務形態で人件費を抑えるということもできない。低賃金で単純作業の長時間労働を続けたまま、エンゲージメントだけ向上させようというのは限界がある。単純作業を機械に代替させ、人とテクノロジーのあり方から変えていかないと、人の確保や人件費をコントロールすることが難しくなる。
■経営戦略から製造現場までの一気通貫したストーリーの構築
注意しなければならないのは、製造現場は本社から最も距離が遠いところにあるため、全体のストーリーをつなげないと、部分ごとでの対策や工場だけの対策といった部分最適に陥りやすいことだ(図5)。
働き方改革というのは従業員目線の取り組みだが、経営目線で見るといかに社員の労働力を高付加価値な領域に変えていくかということ。付加価値の高いところに人の業務をシフトさせ、逆に付加価値の低いところは機械に置き換えていく。
AIやDXによる自動化が人の仕事を奪うという観点もあるかもしれないが、見方を変えれば、先進的なテクノロジーを積極的に取り入れて競合優位性を出していくと、付加価値の高いところに人が勤務できるようになり、人員の最適化や互換性で過重労働みたいなもの検知予防対策してサステナブルな職場になるかもしれない。
製造現場をモダナイズすることで、企業全体の競争力も製造現場のエンゲージメントも高めていく。ボトムアップの効果が出ている今だからこそ、こうした、より上流の経営戦略ともつながるストーリーを構築すべきではないか。
▼図5:経営戦略から製造現場までの一気通貫したストーリーの構築
■Q&A
Q1: グローバル現業職と日本現業職のエンゲージメント値の差は、文化、人種的傾向以外に何が想定できる?
岡部:日本企業の海外の現業職の数値を見ると、必ずしも現業職が低いわけではなく、かなり高いエンゲージメント水準を維持しているところもある。そのため、日本国内の課題と言えるのではないか。現実的に想定できるのは、工場の物理的な側面。工場別の比較をすると歴史のある工場などは設備が老朽化していたり、事業が縮小傾向にあって設備投資がされていなかったりして、そういうところのエンゲージメント値は低い傾向がある。
Q2: 分析したデータは製造部門に限ったものか、それとも製造業企業の本社部門や生産技術といったメンバーも入っている?
岡部:分析対象としては製造部門の技能系の方がメインで、本社部門や生産技術は入っていない。
Q3: 同一社内で現業職が全部署平均と同等、または超える企業はあるか?
岡部:個所で見た時に全く同じ水準、もしくは現業職の水準が上回っている企業というのは、今のところない。
Q4: 現場の高卒・専門卒人材にエンゲージメントという概念を理解してもらうのが難しいため、組織文化として静かに定着させていことが必要だと考えている。そのために重要なことは?
岡部:個別の職場の中でエンゲージメントという言葉そのものはそこまで重要ではなく、企業に対する帰属意識があり、その中で決められたこと以上のことを頑張ってみようと思える状態を作り出すことが重要だ。自分の仕事が終わったら帰るような組織もあれば、工場長や上長が各メンバーに関与してフィードバックを与えて育成するという組織もあり、そのあたりの差が出てくるのではないか。
Q5: 24年度は各社で大幅な賃上げが行われましたが、現業系に対するインパクトは? 一過性のエンゲージメント向上にしかならないのでは?
岡部:物価高騰の中で全体的にはプラスのインパクトがあったと言える。ただ現業職の場合、地域の中での他社との比較になりがちなので、地域内でのあの報酬の競争力をモニタリングし対策していくことが、継続的なエンゲージメント向上に必要となる。